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私のマラソン記 第3回中部日本横断!

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第3回中部日本横断!(静岡~山梨~長野~新潟)
136km(20時間) ‐ 休憩(12時間) ‐ 163km(28時間) の大会に参加して



植田喜一
 5月2日(水)の午後の診療が終わってすぐに新幹線に乗り込んで、静岡に向かいました。
前日は遅くまでレセプトのチェックをしていたので、新幹線の中ではゆっくり寝る予定でしたが、ゴールデンウィークのため自由席(小倉~名古屋はのぞみ)は満席で、子供の泣き声など騒然としており、ほとんど寝ることができませんでした。名古屋からはこだまに乗り換えましたが、上りは最終であったため乗客は少なかったので、車内で着替えや携帯する荷物の準備などを行いました。静岡駅に着いたのは23時25分で、すぐに大会受け付けを済ませました(静岡駅スタートで、ここで受け付けも行う)。
今回の大会の参加者は全員で6名(1日目のみ参加者1名、2日目のみ参加者1名、両日参加者4名)でした。このうち2名は昨年もこの大会に出場して完走したということでした。レースにあたっての説明があった後に、軽い準備運動をして、午前0時にスタートしました。
1日目は静岡駅から富士見峠、富士川街道、信州往還、甲州街道を走ります。静岡市、南アルプス市、韮崎市を通って茅野市(富士見町)までのコース(136km)で、20時間で走らなければなりません。
コースがよくわからないことに加えて、2日目のことを考えて、1日目は無理をしたくないので、この大会の完走経験者(Y氏、T氏)についていくことにしました。他の方(S氏、B氏)も同じ考えで、結局5名が団体となって暗い夜道をヘッドライトを照らしながら走りました。走っている間は体はあたたかいのですが、そうはいっても夜中の2時を過ぎると冷え込んできます。ウィンドブレーカーを着ても肌寒いという感じですが、ひたすら走り続けます。
大会主催者の藤田さんという方が、ミニバンに参加者の荷物を積んで運んでくれます。そして7~8kmごとに飲料水やパン、バナナ、チョコレート、アメなどの食物を提供してくれますが、それでは足りないので、水やちょっとした食物、ヘッドライトの替え電池、着替えなどをリュックに入れて、それを背負って走ります。それでも足りないときは自動販売機やコンビニで必要なものを買います。
コースは事前に渡された地図を見ながら走るのですが、わかりにくいところでは藤田さんが車で先回りして誘導してくれるので、道に迷うことはなかったですが、数km走っては地図でコースに沿っているかを確認しながら走りました。
夜が明けた頃はどこを走っていたのかは記憶していません。日が昇ってからは暑さとの闘いです。この2日間の中部地方の予想最高気温は27~28℃だったと思います。雲は少なく直射日光を浴びて走らなければなりませんでした。
このところ多忙を極め、ほとんど練習をしていないばかりか、練習するのは仕事が終わってからの深夜であったため、強い日差しのもとで長時間走る状況に慣れていないこともあり、日中の走行はバテバテでした。
50kmを過ぎたところでB氏がリタイアしたので、残り4名で走り続けました。まわりの景色などを楽しみたいのですが、そんな余裕もなく、ただ走り続けるのみでした。夕方6時を過ぎて薄暗くなって、やっと直射日光から解放され、楽に走れるようになりましたが、そのうちにすっかり暗くなり、ヘッドライトを身につけて夜間走行です。
日中の暑さのためペースが遅くなり、予定時間に間に合いそうもないということで、残り20kmではペースをあげることにしました。しかしながら、これまでにすでに約100km走っているので疲れが溜まっています。4名のうち2名(T氏、S氏)が約110kmの時点でリタイアしました。T氏は昨年の完走経験者ですが、今年は練習不足のため思うように走れないということでした。残り10kmは急な上り坂ですが、私はY氏(昨年の完走経験者)についてひたすら走りました。予定時間を約8分過ぎましたが、1日目は無事に完走することができました。
休憩(12時間)は大会主催者が事前に予約していた旅館で夕食を食べ、シャワーで汗を流したあとに睡眠をとります。2部屋に参加者と主催者の6名が寝るのですが、普段でも寝つきの悪い、ましてや布団や枕が変わると寝つかれない、まわりに人がいると寝つかれない、物音がすると目を覚ます私にとっては、あちこちでいびきや寝返りをする中では当然寝つかれない、寝ても目が覚めてしまうという状況で、このところ睡眠不足が続いており、疲れている体が睡眠を求めているにもかかわらず、熟睡できませんでした。
朝6時に起床して朝食をすませ、8時にスタートしました。
2日目は富士見町から諏訪湖、塩尻峠、松本街道、糸魚川街道、姫川渓谷、糸魚川駅までを走ります。茅野市、諏訪市、塩尻市、松本市、安曇野市、大野市、糸魚川市までのコース(163km)で、翌日の12時(28時間)までに走らなければなりません。
この日だけを走る1名(S氏)と、前日に引き続いて走る4名を加えて5名の予定でしたが、前日50km過ぎてリタイアしたB氏が2日目は走らないということで、結局4名で走ることになりました。
スタートの8時までには数分あったので、旅館の近くのコンビニに水を買いに行ったら、他の3名がすでにスタートしたということで、急いで後を走ることにしました(結局、このハイペースが問題となる)。
2日目は3人とも一緒に走ることはせず、各自の体力、疲労度などから自分にあったペースで走っていました。当然のことながら、前日走っていないS氏は快調に飛ばしていきます。前日約110kmでリタイアしたT氏はゆっくり走っています。私はT氏になんとか追いついたので、しばらくこの方の後について走ることにしました。
スタートする前にトイレに行ったのですが、またトイレに行きたくなりました。途中のコンビニの前に藤田さんが待っていました。しっかり水分補給をした後にトイレに行こうとしたら、S氏が入っているということだったので、あきらめて次のコンビニかガソリンスタンドでトイレを借りることにしました。運よく2~3km走るとコンビニがあったのでトイレに駆け込みました。
これまではT氏と一緒でしたが、これでまたかなり引き離されてしまったので、ペースをあげました。すると、前方にかすかですが、S氏が見えたので、この方に追いつこうとさらにペースをあげました(このハイペースも問題となる)。しかしながら、峠の長い上り坂では離される一方で、とうとう追いつくのはあきらめてゆっくり走ることにしました。途中、リュックの紐がほどけたので、立ち止まって直していたところ、後ろから声をかける人がいました。振り返るとトイレに入る前まで一緒に走っていたT氏でした。T氏もその後トイレに行ったようで、その間に私が追い越してしまったようでした。2人で話しながら塩尻峠を越えました。ゆっくりとしたペースだったので比較的楽に走ったのですが、長い下りで足の裏に少し痛みを感じるようになりました。峠を下り終えた時点で、藤田さんが待っていました。先頭とは約30分離れているということなのでペースをあげることにしました(このハイペースも問題となる)。それから約7km走ったところでT氏がもう限界なのでリタイアすると言われました。2日目もすでに50kmを過ぎた地点だったと思います。走っている者にとっては日中の暑さは相当なもので、体力の消耗が激しく無理もありません。私はせっかく遠方から参加しているので、先頭からどんなに離されようとも最後まで諦めないという決意のもと走ることにしました。
しかしながら、だんだんと足が痛くなってきて、走り続けることができなくなりました。走っては少し歩き、また走るの繰り返しです。日が落ちて涼しくなって楽になったのですが、上り坂と下り坂はほとんど歩くようになりました。
90kmを過ぎてからは走るスピードは早歩きのスピードと変わらないぐらいになったと思います。こうしたゆっくりペースなので体があたたまるわけもなく、ウィンドブレーカーを着てても寒い状況でした。
100kmを過ぎた頃は深夜の0時過ぎでした。残り約63kmを12時間でいけばいいので何とかなると思っていましたが、深夜3時を過ぎると両方の足の裏の痛みで走れなくなりました。歩いても1時間に4kmしか進まなくなりました。少し休もうと思って、座って星を眺めているとコックリコックリしていましたが、寒さのため身震いをして目を覚ましました。
それでまた歩き始めると、しばらくして睡魔に襲われ、フラフラ歩くようになりました。こけて怪我をしてはいけないと思うと、急にリタイアすることが頭に浮かびました。残り42km、フルマラソンの距離だけど、これから下りが続く道をこの足では歩くことは無理だと判断しました。
結局、1日目が136km(20時間)、2日目が121km(約21時間)で合計257kmでした。
完走できなかった一番の原因は練習不足です。坂道を走ることである程度、筋力や関節を鍛えることはできますが、足の裏の筋肉(足底筋)はアスファルトの上を長時間走らないと対応できないことがわかりました。日中の暑さ、夜間の寒さ、これらの変化にも対応できるようにしなければなりません。今回は幸い雨が降りませんでしたが、練習のときは時間帯を変えて、いろいろな気象条件のもとでも走る必要性を再認識しました。とくに季節の変わり目の時期は、体がまだ順応していないため、1日のうちでも温度差があることと、今回のコースのように標高差のあるところではその温度差が平地よりもかなりあることを自覚しました。それから睡眠不足。大会の前はもっと睡眠をとっておく必要があります。人に遅れないようにとペースを上げることも厳禁で、20時間を超える長丁場の大会では、わずかな遅れはたいした問題ではありません。1人で走ることよりも他の人と一緒に走ることの方が、寂しくなく道に迷うことも少ないのですが、やはり孤独に耐えられる精神力(気力)と判断力をもつ必要があります。
今年は年明けの「鬼あし新春!湘南100kmトリプルアスロン」は帰りの飛行機の時間の関係で途中でリタイアしましたが、今回の大会は制限時間まであと7時間もあるのに体力と気力が限界に達して途中でリタイアしたことは残念でなりません。機会があればリベンジしたいと思います。
しかしながら、年明けの約200kmを大幅に更新(約60km)したことは少し自信になりました。
達成できなかったからこそ、反省して再挑戦することができます。何もかも達成できれば、改善することがないことになりますから...。今回のリタイアも次のステップとして前向きに考えます。

第2回中部日本横断コース案内pdfファイル