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私のマラソン記 第1回周南24時間リレーマラソンin Yamaguchiに参加して・・・

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第1回周南24時間リレーマラソンin Yamaguchiに参加して・・・

年々人気が上昇しているといわれる24時間リレーマラソンが、私の住む山口県で初めて開催されると知り、多くの方と一緒に参加しました。
この大会は1チーム6人~15人で参加します。1人が1周(約1.5km)以上走って、次の走者にタスキリレーします。大会会場の周りはテント村になっており、みんなでバーベキューをして楽しみながら、24時間タスキをつなぎ、チーム合計走行距離を競います。
今回私たちは、記念すべき第1回大会に6人×2チーム(CLランナーズA、CLランナーズB)で参加しました。
 一緒に参加した人から楽しい報告が寄せられましたので掲載します。

【F氏】
 昨年の9月11日~12日に行われた「第1回周南24時間リレーマラソン」に、植田先生より御誘いを受け、参加させて頂いた時の私なりの感想(思い出)を述べさせていただこうと思います。
まず、最初に忘れられない事は、12名エントリーということなので、あぁ、これで1チーム12名で走れるから、1人当たりの走る負担が軽減される(?)ので、多少は楽に走れる・・・と、私自身が密かに喜んでいたのですが、その喜びもつかの間・・・植田先生から送られてきたメールに一瞬にして目の前が真っ暗になりました。と言うのも、そのメールには「12名1チームではなく、1チーム6名の2チームでエントリーし、勝負をしよう。」と書いてありました。私にとって、その鬼のようなメールを読んでからというもの・・・大会当日まではいついかなる時もリレーマラソンの事が頭に浮かび、本当に6名で24時間走れるのだろうか。単純に計算しても、1人当り4時間やで・・・といつも考えながら、大会までの日々を過ごしていく事となりました。
そして迎えた大会当日、会場に到着すると、すごい人だかりにまず驚きました。と同時に会場周辺を走っている方々を目の当たりにして、私は本当にこういった人たちと一緒に走れるのだろうかと不安な気持ちで一杯になりました。
そう思っている内に・・・ついにスタート(9月11日正午スタート~12日正午ゴール)の時を迎えました。私は確か・・・2チームある中のBチームで、6名の中で4番目のスタート(1人コースを2周して次走者に交代)だったと思います。
これが実際走ってみると思ったよりも意外と走ることが出来て、あぁこれなら十分走って行けるぞ~と周辺の景色を見ながら、余裕で走っていたのもつかの間で、2度目のスタートではもう周りの景色を見る余裕は無くなり、3度目のスタートではただひたすら走るぞ~と言う気持ちだけになってしまい・・・。それ以後のスタートは、走っては歩いて、歩いては走っての繰り返しだったような感じでした。そうしているうちに、時間は経ち、午後8時前頃だったでしょうか。診察を終えられた植田先生が会場に到着された際には、私はすでにヘトヘト状態になっていたと思います。しかし、先生も到着された事ですし、もう一度気合いを入れて走ろうとしたのですが・・・すでに体がいうことをきかない状態で(特に足がボロボロ状態)、コースに出ても、ウサギが先生なら、私はカメ状態・・・。
たまたま先生と一緒に走る番になった時などは、私が2周している間に、先生は私の横を「がんばれよ~」と言われながら、2度追い越された記憶が今でも鮮明に私の中に残っております。
しかし、先生は本当にすごいと実感しました。レース当初から参加している私達よりも8時間近く遅れて参加されたにもかかわらず、1人当りの走行キロ数が最長の約60キロを走られていたのですから・・・。
ですが、私もがんばりましたよ・・・なんといっても2チームの参加者の中で一番長い時間コース上にいて歩いていたのですから・・・(笑)植田先生のご配慮で「一番長くコースにいたで賞」も受賞させて頂きました。
・・・と色々感想を述べてきましたが、このような大変貴重な経験をさせて頂いた植田先生をはじめ、参加された他メーカーの方々にも感謝しながら終わりにしたいと思います。
皆様本当にありがとうございました。そして、お疲れ様でした。

【H氏】
 毎回そうですが、植田先生から大会の数ヶ月前にメールでマラソンのお誘いがある度に『まだ時間があるし、その時までには、禁煙&ダイエットに成功し、他の皆さんのように颯爽と景色を楽しみながら走れるだろう。年が一番若いのでもしかしたら他の人よりぜんぜん速いかもしれない。』と安易に参加の意を先生に伝えてしまいます。しかし、仕事に追われ、家族サービスに時間を取られているうちに気が付いたら大会1ヶ月前。禁煙には成功せず、体型もそのままさらに練習も全く出来ていない状況。そこで私は大きな決心をします。
・ 明日から禁煙(明日からというのがポイント!!)
・ 食事は朝昼のみでしかもなぜか『うどん』。
・ 毎晩1時間半走る(絶対に歩かない!!)。
前回の大会から何もしていないのだから一ヶ月もがんばれば何とかなるだろう。
結果はご推察の通り、何もできないまま1週間前。
この段階になり始めて『今日から』走り始めます。しかし半年以上何の練習もしていないのですから当然ながらいきなり1時間半も走れる訳も無く、焦りと諦めとそして筋肉痛を抱えたまま大会当日を迎えます。
前置きが長くなりましたが、この大会もそのようにして当日を向かえました。
それでもこれまでとは違い、今回は6人で走るので休む時間が十分にあること、初参加の方が何人かいらっしゃることそして何より私が所属するAチームは植田先生を始め私も除き精鋭揃いであることがあり、1人で走る通常の大会よりは気が楽でした。
今回は、1週1.6km×3周のサイクルを6人交代で24時間を乗り切る作戦でした。我々Aチームは植田先生が診察を終えて駆けつける夕方まで5人で走ることになります。それでも6分/kmのペース1.6kmを3周×4人=108分。1回走ってから次の出番まで108分休憩することが出来る計算です。
いよいよ午後0:00。AチームはJ社T氏からのスタート。2番手だった私は計算通りの時間にT氏からたすきを受け、まだ先は長いのでゆっくりと走り始めました。競技場をでると単調だが緑の綺麗な公園内を走りまた競技場に戻ってくるというコースで、途中に給水所もあり正直今回は楽勝かもしれないと安易な印象を持ちながら気持ちよく走れました。いつも準備不足な私ですが、今回1つだけ密かに予習して楽しみにしていたことがありました。それは『たすき』の扱い方です。
駅伝好きの父からのアドバイスで
・たすきを受けると自分の体に掛ける。
・長いと走るのに邪魔になるので体にあった長さに結ぶ。
・次の走者が見えても、100mぐらい前まではたすきをはずさない。
・渡す時は相手が受け取り易いように両サイドを引っ張る。
今思えば当たり前のことですが、結構憧れていました。3周目も終わりに近づき、いよいよ次の走者のE社Oさんが見えてきました。第一走者と私の汗を吸いびしょびしょになったたすきを女性に渡すことに少し心苦しさを覚えながらも父のアドバイス通り、たすきの両サイドを引きワクワクしながら最初のたすきリレーを終えました。
多少歩きながらも1回目の出番を終え、2回目の出番を迎えた時、私はある疑問をもちました。どうも当初の計算より休憩時間が短いのです。原因をよく考えるととんでもいないことに気付きました。それは、Aチームは精鋭揃い→走るのが速い→走る時間が短い→出番が早く回ってくる→休憩時間が少ない。
目標がタイムをだすこと(順位含む)であればチームに精鋭の方が多いことは非常に有利なことです。しかし皆さんに迷惑を掛けることなく完走することが目的ある私にとってチームに休憩時間が短くということで私にとっては非常につらいことだったのです。チームの皆さんが精鋭なので自分まで精鋭になったつもりなっておりました。Aチームの皆さん申し訳ありません。という訳でこの大会を楽観視する要因となった1つが脆くも崩れ去りました。植田先生の早い到着が待ち遠しいと思いました。
遂に足の関節が痛くなってきました。こうなると段々走ることが困難になってきます。他のチームに皆さんの目もあるので競技場内は走りましたが、後はほとんど歩くようになりました。その後の休憩中に更なるショックが私を襲います。休憩中に全く疲労と痛みが取れなくなり、逆に寒さで体がガチガチに固まってしまったのです。10km走っただけでも2日間筋肉痛が残るのにほんの数時間で痛みが取れるはずがないという事実にやっと気付いた瞬間でした。膝が痛くて走ることが出来ないのでかなり歩くことになり、そうすると体が温まらずに固まってしまい他の部分も痛み出すという悪循環に陥ります。しかし、U先生が到着するまではと、痛みに耐えながら歩いている最中に明らかに高校生と思われる女の子に『ファイト!!』と声を掛けられ情けない思いを噛み締めてその時だけ笑顔を返しながらも何とかがんばりました。
そんな私に遂にトドメをさす事実が判明しました。それは休憩中のことでした。私程ではないにしろ、他の人も結構疲労困憊しているのに、他のチームを見ると異常に元気なのです。みんな走りなれている人達なのだろうなと思ってみていると『じゃあ』と帰る人もいれば後から参加する人もいます。他のチームは1チーム最大人数の12人(確か)で参加していたのでした。1チーム6人で参加しているのはたぶん我々だけだったと思います。
そう、我々は気付かない内にとんでもないチャレンジャーになっていました。
その後はもう地獄でした。精も根も尽き果て『走をやめられるなら、地球が滅亡してもいい』とさえ思いました。全人類の皆様にこの場を借りてお詫び申し上げます。こうなると時間の経つのも遅く、まだ半分も経っていません。チームの中にも棄権という言葉がでるようになりました。
そんな時ようやく植田先生が到着されました。正直ほっとしたのを覚えています。先生の存在はただ人数が増えたというだけでなく、活力を頂いたような気がしました。その後、先生が多めに走ってくださったこともあり、時間が経つのをとても早く感じました。
その後はつらいながらも何とか走り(歩き)切り、チームの皆さんにご迷惑を掛けることなくゴールの瞬間をチームの皆さんと分かち合うことが出来ました。
『もう一度出たいか』ときかれれば、『はい』とは言えませんが、私にとって休み休みとはいえトータル30km以上も走り(歩き)きったことは驚きであり、また自信につながりました。また疲労困憊で食欲がないと思いながら食べたバーベキューが非常においしく、予想以上に食べることができたことも新たな発見でした。帰宅後、あれほど走ったのだからと体重計に乗ってみるとバーベキューとバナナの食べすぎで体重が増えていたのはショックでした。
私の今後の課題は自分に負けないことだと思います。他の皆さんはそれが出来ているからこそ、事前にきちんと体を作ることができ、それがそのまま皆さんの走りに出ているのだと思います。
最後に貴重な体験をご提供頂いた先生とこんな私とも苦しみと喜びを分かち合ってくださった皆さんに心から御礼を申し上げます。有難う御座いました。