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私のマラソン記 第24回いぶすき菜の花マラソン

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  第24回いぶすき菜の花マラソンに多くの人と参加して・・・

 さて、今年もいぶすき菜の花マラソンに多くの方と一緒に参加しました。その体験談を報告します。 これまでこの大会に参加したことのある人、あるいは初めて参加した人などから、多くの面白い報告が寄せられました。それを公開します。

【I氏】
 3度やってまいりました、「第24回いぶすき菜の花マラソン」。 指宿とは鹿児島県の南端に位置する、池田湖、温泉、砂むし風呂等で有名な情緒ある観光地。1度くらいはリゾート気分で来てみたいモノですが、今回も例年同様ジャージとジョギングシューズというレジャームードゼロのいでたちでの現地入りです。
フルマラソンには過去2回挑戦しましたが、いずれもこの大会でした。初挑戦は3年前。降りしきる肌を刺すような雨の中、横を走っていた見知らぬランナーに恵んでもらった雨ガッパ代わりのゴミ袋をかぶって、足を引きずりながら走破したタイムは6時間17分。完走・・・いや、完歩できたことにはそれなりの感慨がありましたが、正直不本意なタイムでした。
そして私なりのリベンジの意味を込め、準備万端(形だけ)整えて参加した2年前。前年とは打って変わって天気も良く、勇壮な景色を楽しみ、沿道の人々の優しさに触れながら走りきったタイムは6時間1分。もう少しで6時間を切れたタイムでしたが悔いはありませんでした。
その翌年、つまり昨年は会社の催しのため参加できませんでしたが、それだけに今年、2年分の思いがこもった私の心はこれまでになく高ぶっていました。というのも、今回私は自己タイムの大幅更新を目論み、虎視眈々と準備をすすめていたのです。テーマは2つ。「道具」と「体」の進化、です。
まずは「道具」、つまりシューズです。これまで私は、たまたま家にあったごくフツーのランニングシューズを着用し、30km地点あたりからはマメをつぶしながら血だらけの足で走っていました。そこで今回こそはと、専門ショップに出向き、足型を測定し、タイムや走り方を申告した上で、シューズアドバイザーに選んでもらった秘密兵器を手に入れたのです。昨年10月にはこのシューズで10kmマラソンにも出場し(52分)、慣らし運転も完了です。走り心地はすこぶる良好でした。
そして肝心の「体」。これは何より減量です。私はほぼ毎週のようにテニスコートで汗を流していることもあり、体力自体にはそれ相応の自信があるのですが、いかんせん176cmの身長に81kgというのはフルマラソンには文字通り荷が重過ぎます。私は9月頃から我流減量大作戦を敢行し、その4ヵ月後には実に8kgの減量に成功致しました。マラソン当日には73kgの体重でスタートに地点に立つことができたのです。
スタート30分前の8:30。我々が立つスタート地点にはいつものようにたくさんの有志が集っています。今年の参加者は約11000人。空を見上げるとあいにくの曇り空ですが、ランナーたちは思い思いにこれからの道程を想像し、様々な表情でスタートの合図を待っています。TV用の撮影クルーでしょうか、はるか頭上にはヘリコプター3機程バラバラと音を立てて飛び回り、嫌がおうにも私たちの心を盛りたてます。そしていよいよ9:00。号砲が鳴り響き、スタートを切りました・・・とはいっても1万を越える人々が一斉に動きだす為、私がスタート地点を通過したのは約7分後でした。気合を入れて走り出した私は一緒の地点からスタートしたT氏、A氏、H氏に早々と別れを告げ人並みをすり抜けました。いつもと変わらず引っ切り無しに立ち並ぶ沿道の方々の声援を肌に感じながら、ややハイペースで飛ばしました。
5km、10km、と通過距離表示板を重ねていきましたが、さすがに減量の成果でしょうか、今年はいつになく体が動きます。 そんなこんなで早くも中間地点。手元の時計では2時間29分、これまでにないハイペースです。私の夢は膨らみました。「何かの間違いでは?単純にこのまま倍にしたら・・・えっ!5時間?ヘタしたら4時間台も夢じゃない?」・・・まあ、それは確かにはかない夢でしたが、そんな妄想さえめぐらせるくらいのノリノリムードで先を急ぎました。 残りは半分の約21km。5kmを40分で走り続ければ5時間20分で完走できる計算です。足元の「秘密兵器」のせいでしょうか、はたまたスタート直前に足の指の間に塗りたくったワセリン効果でしょうか、これまでと違い足の指も痛めたり出血したりしていないようです。軽快に・・・とは言い難いですがですが、動かない足をなんとかかばいながらも予定通りのLAPを刻みます。 
そしてやってきました。37km地点、ランナー泣かせの「心臓破りの丘」です。ココで無理すると命取り。早歩きで足早に駆け上がりました。さあ、もうじき40km地点。残り2kmです。自然に顔がほころびます。膝の痛みを忘れ、この日一番のスピードでラストスパート。この区間だけで30~40人は追い抜いたでしょう。そしてついにゴール!タイムは5時間12分6秒。ニ年前よりも約50分更新した自己ベストタイムでした。クールダウンしながら最初の集合場所の体育館に戻る私の心は達成感に満ち溢れていました。「植田先生はとっくにゴールされてるだろうな。さて、(弊社の)残りの5人でも待つとするかな・・・。」と思ったその時、そんな私をあざ笑うかのように体育館には今回初参加にして初フルマラソンの同僚S氏が既にくつろいでいました。
私:「お、お疲れさん。・・・タイムは?」
S氏:「4時間48分」
私:「!!」
50分更新の喜びは(私なりの密かなこだわりであり)過去2回譲らなかった"社内第1位"の座をいとも簡単に奪われてしまったことで半減したことは言うまでもありません。そしてそのまた約20分後。今度は私がスタート直後に置いてきぼりにしたつもりだった、これまた初フルマラソンの同僚女性H氏が軽い足取りで帰ってきました。5時間36分。あぶないあぶない、前回のタイムのままだったら惨敗でした。喜んだり、悔しがったり、ほっと胸をなでおろしたり、いろんな思いを交錯させながら3人ですすったうどんとおしるこの味は忘れられないものとなりました。ちなみにその他の上司・同僚3名については・・・ご本人達の感想文を参照ください。
そんなこんなで今年も年初から素晴らしい体験ができました。引き続き体重コントロールと体力維持を続けながら、次回は"夢の4時間台"にチャレンジすることを誓いながらこの場を失礼させて頂きます。
植田先生、皆様、今年もまた貴重な体験をありがとうございました。またの機会を楽しみにしています。

【S氏】
 今回、フルマラソンに初挑戦しました。厳しい挑戦であることはわかっていましたが、実際には予想を上回る厳しさを体験することになりました。
私は、中学生の時に陸上部で長距離を走っていた経験があり、走ること自体は好きな方です。また、事前に若干走り込みを行うなど準備していたこともあり、少し自信を持っての挑戦でした。とは言うものの、フルマラソンは始めての経験であり、その少しの自信とは比べ物にならない程の大きな不安を抱えての挑戦でもありました。 当初、目標としていたのは、今回、弊社から6名の社員が参加しましたが、その中で一番になりたいというものでした(このようなことはあまり公言しない性格なので、ひそかな決意でした)。タイムに関しても、弊社社員が過去に出した最高記録が6時間1分でしたので、その記録を目安としていましたが、全く経験のない私にとっては、かなり厳しい目標だと思っていました。
前日の夜、同室に宿泊した、弊社、I氏(会社最高記録保持者)がかなり綿密な事前準備をしているのを見てびっくりしました。MDウォークマン、ワセリン、バンテリン、バンドエイドなどなど、まさにフル装備というにふさわしい準備でした。私はと言えば、ランニングシューズ、ランニング用のシャツ・パンツ、タオルといった当たり前のものしか準備していませんでした。2度の完走経験があるI氏の準備を見ると想像しているよりははるかに厳しく、長い道のりなのではないか?と思われ、不安は更に大きくなったのでした。そんな不安の中、スタートの時を迎えました。開き直るしかありません。作戦は、元気な内にできる限り距離を稼ぎ、後は這ってでもゴールするというものです。はっきり言って根性だけの作戦と言えるようなものではありません。とにかく、行けるところまで、練習で掴んでいたペースを守り通そうと考えていました。
しかし、いざ、スタートしてみるとペースがよくわかりません。初めてなので当たり前なのですが、回りに色々なペースで走っている人が大勢おり、自分のペースが掴めません。そんな中、5Kmの地点で時計を確認すると練習していた時のペースとほぼ同じです。これは、非常にラッキーでした。しっかりペースを掴んだ私は、その後、15Kmを過ぎるまで快調なペースで走り続け、もう少しペースを上げてみようかなといった無謀なことを考えることもありました。まわりの美しい景色も堪能しました。エイドステーションのスポーツドリンク、バナナも美味しくいただきました。この分だと少なくとも30Kmぐらいまでは、このペースで快適な旅が続くのではないかと錯覚していました。
しかし、・・・。20Km手前に差し掛かったあたりから、腕が強い筋肉痛のため振れなくなってきました。膝の強い痛みのため足が上がらなくなってきました。ついに私にもフルマラソンの洗礼が降りかかって来たのです。それでも苦痛に顔をゆがめながら25Kmまではペースを守り通しました。この点に関しては、自分でも本当に良くがんばったと思います。
かなりがんばっていたのですが、ついに25Km過ぎからは、走ったり、歩いたりの状態になりました。回りの景色も目に入りません。また、そのあたりから寒さと風が厳しくなり、小雨も降り出すようになったため、苦しさは倍増しました。
その後のことは、冷静に振り返っても、あまり思い出せない状態です。憶えていることと言えば、私の肩までしか身長のない年配女性に抜かれて非常に悔しかったこと、沿道で応援して下さっている方々に大きな声でお礼を言いながら(叫びながら?)走っていた中年男性、35Km過ぎてからの長い上り坂の苦しさ、後半のエイドステーションで配られていたそら豆のポタージュスープの美味しさ(これは、絶品でした)。といった断片的なものになります。
全体を通して、一番印象に残っているは、やはり沿道で応援して下さった多くの方々の暖かさです。今思うと、もし、あの方々がいらっしゃらなければ、こんなにはがんばることはできなかったと思います。あの暖かさが「いぶすき菜の花マラソン」の醍醐味なのだなと感じました。
随分ペースダウンしてしまったのですが、ゴールは近づいて来ました。ゴールまであと3Kmぐらいまで来ると、まわりの人たちも最後のがんばりで、ペースを上げていました。今まで、歩いていた人たちも最後の力を振り絞って再び走り始めました。そんな中、私はと言えば、限界までがんばってきたこともあり、殆ど走ることはできません。まわり人たちに抜かれるばかりで、とてつもなく長く感じた3Kmでした。 苦しみの中、やっとのことでゴールした私ですが、その達成感はたまらないものでした。それは、この何年間も味わったことのない感覚でした。しかも、タイムは4時間48分11秒。スタート前には予想もしなかった記録です。会社の記録も見事更新、社内の6名の中で1番になるという目標も見事達成。これ以上はない結果を残すことができました。結果論ですが、元気な内にできる限り距離を稼ぎ、後は這ってでもゴールするという作戦が見事にはまった形にもなりました。
フルマラソンへの初挑戦は、ここ何年間も味わったことのない苦しさ、達成感をまとめて一度に味わうというすばらしい経験になりました。このような経験を年初にすることができた今年は、何事も最後まで粘り強く取り組んで行けそうな気がしています(少々大げさですが)。
予想以上の好結果に、次回の目標設定が難しくなった感は否めませんが、更に高い目標を掲げ、次回もぜひチャレンジしたいと思っています。
このようなすばらしい経験のきっかけを作って下さった植田先生、本当にありがとうございました。また、すばらしい時間を共有させていただいた皆様、本当にありがとうございました。

【Y氏】
 私にとっては、今回が初めてのフルマラソンとなりました。高校の部活動以来、殆ど走る機会はなく、昨年秋に参加させて頂いた「周南24時間リレーマラソン」が約12年ぶりの長距離走となりました。その大会では「歩かずに完走したい!」と考えていましたが、合計38キロの3分の2程のところで足を痛めてしまい、走り続けることはできませんでした。今回は、その教訓を生かして、万全の体制で臨もうと考えました。足を痛めなければ完走できるのではないかと考え、大会直前にスポーツショップの店員の方から教わったテーピングの巻き方、プロテイン、シューズ紐の結び方等、小手先の技術を携えて臨みました。マラソン前にはI氏から「最初は絶対とばした方がいいよ」というアドバイスを頂きましたが(半信半疑ではありましたがノ)、リレーマラソン大会の経験を基に、足を痛めないように坂道は歩き、平地を走るという方法を頭に入れスタートしました。
S氏と同時にスタートしましたが、1キロもいかないうちにあっという間に取り残されていきました。しかし自分のペースを守って走ることに専念しようと考え10キロ地点までは自分のペースで走ることができました。そうしていると、I氏が私を追い抜いていきました。最初にとばすといっていたI氏が自分のペースを守って走っているではありませんか。その姿を見た瞬間「負けてなるものか!」と思い、I氏を追い越し抜かれないように坂道も走り続けました。15キロ地点にもなると、疲れと足の痛みが出はじめ、再度坂道は歩き、平地を走ることに切り替えました。
20キロを過ぎるころには、足の痛みが激しくなり、走ることができなくなりました。25キロ付近のエイドステーションでテーピングサービスがあり、念入りにテーピングを巻いて頂きましたが、それでも走ることがでませんでした。その付近になると周りでは走っている人は殆どいない中、できるだけ早く歩こうと試みましたが、ビッコをひいて歩いている私は、集団の中でも最も遅いスピードとなっていました。サラリーマンの格好をして参加していた2人組にも追い越され、8時間の制限時間内にゴールできるか不安になってきました。
やっと30キロ付近でT氏とA氏に追いつきました。昨年秋のリレーマラソンでは、私はT氏よりタイムが若干上回っていましたので、私が遅いペースで進んでいても、まだ後方にいるとばかり思っていただけにショックでした。お二人の様子をみていると私と同様に疲れ果てている様子でしたが、T氏は「下りは走れる!」とA氏と私を置いて突然長い下り坂を猛スピードで先へ進んでいきました。300人位は追い抜いていったのではないでしょうか。どこからあんなパワーが出てくるのか、ただ驚くばかりでした。その後できるだけA氏に付いて行き、T氏に追いつこうと思い、懸命に歩きました。不思議なことにA氏のペースについて歩いていると、自然と集団を追い越すペースになっていました。私の歩くスピードが速くなったのか、周りのペースが遅くなったのはわかりませんが、とにかく1人でも多く抜いてT氏に追いつきたいと考えていました。結局最後までT氏には追いつけませんでしたが、A氏より若干遅れて、制限時間内にゴールすることができました。T氏の走りや、A氏に出会っていなければ、8時間以内にゴールすることはできていなかったのではないかと思います。また、後半殆ど歩いていた私にも「がんばれ!」と声をかけて頂いた方、テーピングを巻いて頂いた方、食料や水をご提供頂いた地元の皆さんがいなければ、途中で歩くのさえ止めていたかもしれません。植田先生がおっしゃっていた「いぶすき菜の花マラソンのよさ」を今回実感いたしました。
私は植田先生のお仲間の中では最後のランナーになってしまいましたが、参加された皆様から「完走おめでとう!」と暖かいお言葉をかけていただきました。寒く苦しく厳しい初マラソンでしたが、本当に完走できてよかったと思いました。
今回のマラソンを通じて、弱い自分が、周りの方の支援やがんばりに触発されて自分も一生懸命になれることを学びました。私も周り人を応援したり、刺激できるような人間になりたいと感じました。
最後になりますが、今回走る機会を頂きました植田先生、参加された皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。

【H氏】
 1年前の今日は、まさかフルマラソンに挑戦する時が来るとは夢にも思いませんでした。元々体を動かすことが好きな方なので、テニスをはじめ、スキー・スノーボード、バスケットボール、野球、ローラーブレード等、数々のスポーツをしてきましたが、マラソンだけはテレビで観戦することもなく、自分の中では縁遠いものと思っていました。そんな私が今回フルマラソンに挑戦する機会を持つことができましたのは、T氏とI氏が楽しそうに菜の花マラソンの事を話しているのを聞いたことがきっかけでした。大変だったといいながらも、生き生きと今までの菜の花マラソン経験談を聞いているうちに、なんだかうらやましくなり、参加を決意いたしました。また、「30キロを過ぎたら、後は精神力」という言葉を聞き、一度自分を試してみたいという気持ちになりました。
参加を決めた当初は楽観視していたものの、その日が近づくにつれ徐々に不安が大きくなっていきました。はじめてのマラソンで何の準備もしていませんでした。かろうじて、前日にウェストポーチを購入し、シューズはテニスで使っていたものを代用という始末です。マラソン前夜は、もうすでに緊張の域に入っていたのでしょうか。早めに床につきましたが、なかなか寝つけませんでした。本当に走れるのだろうか(今まで走った一番長い距離は5キロ、しかも高校の頃)、疲労骨折はしないだろうか(今までに骨折7回を経験、内2回は走りすぎとテニスのしすぎで疲労骨折)と不安の中、朝を迎えました。会場に着き、他のランナーに混じりながら、ワクワクする反面、スタートはやはり不安の方が大きかったと思います。
スタートしてからは、長距離自体はじめてでしたので、ペース配分がさっぱりわかりませんでした。とにかく、「前半はとばすな」というI氏のアドバイスのもと(なぜかY氏の受けたアドバイスを全く逆?)、ペースを押さえ気味に体力温存を合言葉に走りました。5キロ過ぎたところで、ライバルを発見しました。実は、会場のトイレでテニスのUSオープンのキャップをかぶっている女性をみかけ、勝手にライバル視していたのでした。しばらく併走しましたが、ペースが合わなかったので置いていきました。(勝手にライバル視された彼女は迷惑な話ですが。)
20キロぐらいまでは順調に過ぎました。池田湖のほとりを走るのは実に気持ちよく、「結構走るのも気持ちいいかも。こんな感じで最後までいけるのだったら、そんなに苦しくないかもしれない。」と思いながら走っていました。25キロ地点を過ぎた頃から、足が重くなり、坂はほぼ100%歩くようになりました。30キロ地点に差し掛かる頃から、ときたま顔がゆがみ始めたのが自分でもわかりました。ウェストポーチが重かったせいでしょうか。この頃から、腰が異様に痛くなり、平地でも歩き始めるようになりました。痛みをそらすため、MDを聞きはじめました。
30キロ後半が一番苦しいときだったと思います。そういう時は、皆さんもおっしゃっていましたが、本当に沿道の方の応援が励みとなりました。沿道の方々は本当に寒かったでしょう。でも、次から次へ通り過ぎていく私たちにやさしいお言葉をかけてくださいました。小さな子供の「がんばれ~」という無邪気な言葉も嬉しかったですし、おばあちゃんが腕を動かして走るそぶりをしながら、「よいしょ、よいしょ。」と声を掛けて下さった事も励みになりました。聞いてはおりましたが、沿道ではエイド地点以外にも実にたくさんの人が手作りの食料を用意してくれていたことに驚きました。途中でおにぎりをもらいました。実は結構ボリュームのあるおにぎりで、すでにさつま芋、バナナを大量に消費していた私は半分ぐらいしか食べられなかったのですが、どうしても差し出してくれたときのおばあちゃんの笑顔が忘れられず、最後まで捨てられませんでした。(残ったおにぎりは私のポケットの中で最後まで一緒に揺られていました。)
35キロ地点のすごい坂を下りきった時、太ももにかなりの痛みを覚え、はじめてバンテリンを取り出しました。気を取り直し走り出して、40キロ地点。あともう少し。足早に歩いてはいましたが、もう走れませんでした。それでも最後の500メートルぐらいはなんとか走り、とうとうゴール!感動の瞬間でした。体は悲鳴をあげていましたが、心はなんともいえない達成感に満ちていました。今回走りきるまでは、絶対無理、というか挑戦しようという気持ちさえ湧きあがらなかったマラソンですが、やればできるものだと、そして、いわゆる限界という枠はあくまでも自分自身で作っているのだと改めて思いました。
今回、自分の今までの価値観の枠を超える貴重な経験が出来ました事、改めて先生をはじめ会社の同僚に感謝したいと思います。有り難うございました。また、最後にこの体験を一緒に分かち合えることのできる同志が(勝手に呼ばせていただきます。)いたことは、本当に素晴らしいことだと思いました。皆様、有り難うございました。
まずは、ランナー用のシューズを購入したいと思います。そして、次なる目標ですが、5月22日に開催されるプラハでのフルマラソンに参加したいと実に大胆なことを考えている今日この頃です。
また、皆様と一緒に走る機会を楽しみにしております。有り難うございました。

【T氏】
 私が初めていぶすきマラソンに参加したのは2002年でした。一体何が起こるのか解らないまま参加しました。何とかゴールしたものの、結果はボロボロで1週間は体の自由が利かない状況でした。
初めてマラソンに参加する前に、ひとつの仮説を持っていました。「自分は苦しい状況になっても最後まであきらめずにやり遂げることが出来る人間のはずだ!!」というものですが、その仮説に関しては正しかったことを確認できて安心しました。また、初マラソンにいぶすきを選んだことは運が良かったと思います。側道から地元の皆さんの熱い声援があり、そのお陰でゴールできたと思いますし、再度マラソンにチャレンジできることにも繋がったと思います。
翌年も懲りずに参加しました。実は参加当日まで高熱で、直前にエントリーをキャンセルすることも考えましたが、折角いぶすきまで来たので出走しました。何とかゴールでき、「やればできるんだ!!」と自分自身を褒めてあげました。
2004年度は予定の調整ができず、本年度は3回目の参加となりました。過去2回の経験から、ゴールできることは疑うことなく、タイムにチャレンジしようと考えていました。6時間を切ることを目標にしていました。その根拠ですが、1回目は初参加で6時間40分。何も考えずに前半を飛ばしたことが反省材料でした。2回目は高熱にもかかわらず7時間10分。高熱以外に同僚との駆け引きで無茶をしたのが反省材料。ということで、今回は、登りは早歩き、下りは早めに走り、それ以外はマイペース。スタート地点も決して見栄をはらず、7時間ラインに、という戦略で臨みました。
前半は今回初参加の仲間と一緒にゆっくりと上記の戦略にそって展開し、いつもであれば20Km地点では完全に走れなく、しかも不自然な歩行しかできなかったのが、体調良く通過することができました。同じペースで進めば6時間前後でゴールする予定でした。ところがそれ程甘いものではないですよね、膝、足首に違和感を覚えるようになり、6時間を切ることに赤信号が。そして30Km地点で5時間が過ぎようとしていました。残り12Kmを1時間で走ることはありえないので、この時点で6時間を切ることは不可能となりました。ただし、別の目標を持っていることに気付きました。今回初参加している女性の同僚に負けないことです。やはり男子として、経験者として、意地がありました。ということで、30Km地点でしばしの休憩後、長い下り坂を利用して猛スパート!!!廻りの風景が英雄と仮していました。自分で言うのも変ですが、本当に早かったんです。同時にその時間にその距離を走っている方々のレベルも"勘違い効果"をもたらしているのですが。ただし、その英雄期間は短かった。下りが終わると平地が登りに感じてしまい、山川駅で遂に両足がつってしまい、テントの中で治療を受けました。後はご想像に優しく、いわゆる"カニ歩き"。ゴールすると7時間25分でした。
冷静に考えると、車体は年々重くなり、エンジンは小さくなっているので、早く走れるはずがないですよね。目標とした女性も結果は5時間30分。とんでもない目標でした。身の程知らずの小生です。
来年度も予定が許す限り参加したいと思いますが、戦略のみならず体力も準備をして臨みたいと思います。
また皆さんとマラソンとマラソン後の会食をご一緒できることを楽しみにしております。

【OS氏】
 フルマラソンチャレンジは実は今回、初めてではありません。いつかはフルマラソンを完走したいという漠然な目標から、中3の時、私は校庭を170 周走ろうと試みたことがありました。結果は120 周で挫折、それ以来フルマラソンは超えられないハードルと化していました。
転機が訪れたのは昨年の秋で、"24時間リレーマラソン"への参加を期に、植田先生と走る機会が出来た私は、先生の「いぶすき菜の花マラソンはいいよ」の一言と勢いに「ぜひ一緒に参加したいです」と言って"しまいました"。参加したいと思ったのは嘘ではなく、実際、24時間リレーマラソンは本当に楽しい大会でした。終盤になると殆どのランナーが痛みを堪え走っている中でのTさんの笑顔は今でも忘れられません。正直かっこいいと思いました。ただ現実に戻ると中3の思い出がよみがえりました。あの頃でも無理だったのに、・・・。
現実を考えると憂鬱になるのに先生とマラソンの話をすると楽しくて仕方がありません。私は他人のサクセスストーリーを聞くのが好きで、ストーリーが付き物のマラソンには必ずドラマがあると思えたからでしょう。使用アイテムや大会の様子を聞いていると面白くてたまりませんでした。ただその内、自分もできるような気になってしまう変な癖がありました。「目標はどれ位?」という先生の質問に「4時間です」と言ってしまいました。完走さえ危ぶまれる中、更に高いハードルを設定し大会当日を迎える破目になってしまいました。
大会当日は雨も混じる曇り空でした。「本当に走り切れるだろうか?」外気は南国鹿児島に似合わず冷たく、心を一層寒くしました。大会当日が近づくに連れて増してきた不安が頂点に達していました。
スタートの合図と共に出走、先生には1 kmも付いていけませんでした。久しぶりに再会したMさんにも全く付いていけません。その時交わした会話から、目標4時間は無理と確信しました。
しかし一緒に走ったMさんとの会話で張り詰めていた緊張は緩みました。沿道の応援にも元気付けられました。アップダウンが多いコースに少しうんざりしましたが、突然現れた開聞岳と池田湖の絶景には心を打たれました。それと本場の薩摩芋とバナナ、差し出してくれる方々の気持ちもこもりとても美味しく、全部で30個は食べたと思います。いつしか緊張感は取れていました。
中間地点でタイムは2時間3分、順調に前半戦を終えましたが、このペースでは目標4時間は無理です。その時がランナーズハイの状態だったのでしょうか?私の脳ミソは「がんばれば4時間が切れる!!」と判断しました。それからどんどんペースが上がり30 km地点を2時間55分位で通過しました。同時にこれまで味わった事のない痛みを覚えてきました。「Tさんはここでも笑顔を絶やさず、かっこよく走っているのだろうな。」そう思うと気持ちが楽になりました。
35 kmを過ぎ、ゴールが近づくと目標達成のためのペース配分が明確になってきます。ラスト2 kmを10分、これまで以上のペースです。「ここまでやれば十分、後はゆっくりゴールを迎えたい」と諦め感もありましたが、そんな時、「Oさん、がんばれ!!」と沿道から応援をしてくれる方がいました。Hさんです。「自分を応援してくれている人がいる。」この応援が自分を奮い立ててくれました。「鹿児島まで来て目標未達のまま大阪に帰れない」最後はひたすらゴールを目指しました。
記録は3時間59分58秒、完走後、「超、気持ちいい!!」思わず声が出ました。ゴール後、先生から「初マラソンでこの記録はすごい」の言葉をいただいた際、先生がまるで自分のことのように喜んでくれているように感じられました。その温かみに記録以上に心を打たれました。
マラソンはよく"自分との戦い"と言われます。確かにつらい時、走りぬくかどうか決めるのは自分です。しかし自分の意思以上に、他人のサポートが目標を達成する上で支えになることを今回のマラソンで学びました。自分自身の記録は先生をはじめ一緒に参加された皆さんのお陰で達成できたと確信しています。ありがとうございました。また今回の大会ではもう1つ大きな感動がありました。一緒に参加された全ての方が完走できたということです。42.195 kmという日常、経験することがない長距離だからこそ味わえた感動だと思います。
今回の大会では、個人スポーツのはずのマラソンからチームスポーツの醍醐味、即ちみんなで感動を味わうという貴重な体験ができました。
先生をはじめ、参加された皆さん、改めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

【M氏】
 いぶすき菜の花マラソンにてフルマラソンに参加し、多くの事を体感させていただきました。
今回、いぶすき菜の花マラソンに参加するきっかけは、植田先生とのジョギング談義からでした。私の『ダイエットの為に暇を見つけては走っている』との話に、植田先生から『一緒にいぶすき菜の花マラソンに参加しよう』とのお誘いをいただき皆さんと一緒に参加させていただくこととなりました。
参加が決まり、普段走っている頻度をフルマラソンに備えて増やそうと考えたのですが仕事を理由になかなか走行距離は伸ばせないままでした。そこで強制的に走る環境を作り出す事とレースを体験しておく事を目的に上尾ハーフマラソン(11月末)へのエントリーを決めました。初のハーフレース参加で2時間を切ったもののペース配分の難しさ、練習不足を思い知らされる結果となりました。
その後、練習不足に不安を募らせつつ、忘年会そして新年会へと時間だけが経過し、体重も減るどころか増えつつ、ハーフマラソンでの教訓が生かされないままに本番突入となってしまいました。 いぶすき菜の花マラソン当日はイベントとしての異様な盛り上がりに圧倒されつつ、完走を目指し自分のペースを守ることだけを考えつつスタートラインにつきました。先生の『17kmまでのアップダウンには気をつけるように』とのアドバイスを守りつつ20km地点まで自分のペースで楽しみながら走ることが出来ました。時計を見て2時間との表示に気分をよくしたその直後のことでした。足が急に動かなくなったのです。まるで"未体験の20km以上の距離"が一気に襲い掛かってきた様でした。仕方なく走ることを諦め歩き出したのですが当日の寒さも加わり体温が急激に下がり、ますます苦しい状況に追い込まれました。20-30kmの区間は沿道での応援が最も少ない区間で何度もリタイアの文字が頭をよぎりましたが、完走(完歩)したいとの思いで30kmまでたどり着きました。ここまで頑張れたこと、沿道の方々が差し出してくれる食べ物で体温が回復したことで何とか残り12km余りを頑張ろうと歩き続けました。足首、膝、太腿の付け根、足のあらゆる筋肉が悲鳴を上げて10mも走るころが出来ず、走っては歩き、歩いては走りの繰り返しで何とかゴールする事が出来ました。タイムは何とか6時間を切れたという不甲斐ないものでした。前半を2時間で走り、後半を4時間近くかけて歩いたことになります。
今まで味わったことの無い苦しさから開放れた喜びと同時に、『ちゃんと練習していれば・・・』『最後まで走り続けたかった・・・』との思いが頭を駆け巡りました。いつかはリベンジしたいと思います。
参加された皆さんが感じていたようですが、沿道での応援が心に残っています。給水所のボランティア方々を始め、沿道の方々は寒い中、心から応援してくださいました。一般の方々も小さな子供から車椅子に座ったご老人まで様々な形で声をかけ励ましてくれました。指宿の人々の人柄が伝わってきて大変感動しました。特に心に残っているのは小学校低学年の女の子とそのお婆ちゃんと思われる老婦人です。2人が家の前に机を出しミニトマトを配っていたのです。その女の子が『頑張ってください。家で採れたミニトマトです。食べていってください。』と大きな声を張り上げ応援してくれている横でお婆ちゃんが嬉しそうに孫を見ている情景が通り過ぎた後も頭を離れませんでした。自分にとって一番苦しい状況の中で心が暖かくなる思いがしました。私も昨年7月に生まれた娘がいるのですが、その娘が『ミニトマトの女の子の様に育ってくれたら』と考えつつ歩いていたら苦しさも少しの間忘れることが出来ました。他にもひとりひとりの目を見て応援の声をかけてくれている人、厳しい声で叱咤激励してくれるおばさん等、枚挙にいとまがない位に鮮明に思い出すことが出来ます。 フルマラソンそして"指宿フルマラソン"を同時に初体験することが出来、非常によい経験となりました。
最後となりましたが、植田先生には非常に貴重な体験するきっかけを頂き、有難うございました。

【K氏】
 2回目のいぶすき菜の花マラソンに参加して、今回のレースは20kmを超えた頃から、反省しながらのレースでした。フルマラソンとしては昨年のいぶすき、04/11の河口湖日刊スポーツマラソン、そして今回でした。
2年前にE社に入り、その1月に、M氏、Y氏、O氏で、車で指宿までマラソンを走りに行くことを聞かされすごく驚かされました。その時は、自分はそんなことはできない、やれないと思っていました。しかしそう思いながらも「自分もこのままではいけない、何かしないと・・・」と思っていました。3月に植田先生から下関の内日健康マラソンお誘いがあったので参加することになり、2月1日から練習を始めました。最初は100mも走ることができなくて、会社の通勤で道路の1ブロック走って、1ブロック歩くことからはじめました。それから早朝5kmを走るのが日課になり現在に至っています。
今回のいぶすき菜の花マラソンの参加は、あいにく前日が会社の出勤日となり、終業後車で走って行くことになりました。名古屋-鹿児島間約1200km時速100kmで走っていっても12時間という厳しい条件でした。しかしながらE社きっての走り屋Y氏がハンドルを握ったこともあり軽くクリアでき、無事に8時過ぎに会場へ到着しました。スタートまで1時間をきっており、焦りながらも準備をし、スタート地点へ向かいました。2回目の出場だったのですが、やはりスタート地点が近づくと雰囲気に飲まれてしまい、十分なストレッチもしないまま、スタート地点に列んでいました。
午前9時に号砲がなり今回はスタートラインに近いところで列んでいたのでスムーズにスタートすることができました。植田先生とも1kmくらい走ったところでお会いしあいさつすることができました。
今回も(前回河口湖ではアッという間に先生に置いていかれたので)置いていかれるのかなと先生の後ろを走っていたのですが、5分20秒/kmくらいのペースで走っておられたので、先生は今回なにか作戦をたてているのかな思いながら10kmぐらいまで先生を射程圏内に納めながら走っていました。
今回のレースもO氏といつものように並んで走っていました。目標3時間台、5kmを28分25秒以内のペースで走ることが目標でした。5K 28分11秒(スタートの混乱含む)、10K 26分58秒 15K 26分10秒 20K 26分07秒 と20Kmまでは良いペースでした。しかしながら体の方は異変を感じており、肺の苦しさ、ふくらはぎにもピクピクとつる前兆が出ていました。
O氏に、「いいペースだね、少し落としても大丈夫だよ」
O氏 「行けるトコまで、このまま行く」と言い放つとアッという間に置いてきぼりにされました。
25K 29分27秒 もう両ふくらはぎがつっていました。ストレッチをしながら走ったり、歩いたりしながら前へ進みました。そんな頃から頭の中では反省を繰り返していました。12/23まではレースに向けて2時間走や10kの練習コースを黙々と走っていたのですが、前回の河口湖では4時間12分の記録をだしや事もあり、「今回もなんとかなるや」と思い正月は全然走りませんでした。それが自分に対する甘さだと言うことを思う存分身にしみて反省しながら走っていました。
30K 36分42秒 35K 37分05秒 40K 37分48秒 両足のふくらはぎと両太もものつった足をかばいながら走り続けました。 残り1Kのところで「がんばって下さい。」とH氏 そこで最後の力を振り絞って、つったままの足で全力疾走、スタートから抜きつ抜かれつで走っていた鹿児島大学の水泳部の若者と、ゴール前の大人げないデットヒートに見事にせり勝ちゴールしました。何としても去年の記録よりは早くと思って走ったのですが結果は4時間23分でした。
ゴール後体育館に足を引きずりながら戻っていくと、3時間台でゴールした満面の笑みのO氏、惨敗でした。(次回は負けませんから) そんな反省とともに不本意なレースでしたが、菜の花マラソンの楽しみは、沿道からの声援をはじめとし、サツマイモ、ムラサキイモ、バナナ、黒砂糖、チョコレート、氷砂糖、豚汁、ぜんざい、トマト そらまめのポタージュ 全てのものを口に入れながらのレースをやめられませんね。
次回また植田先生とご一緒できるレースでは少しでも先生のタイムに近づけるように、日々さぼらすに練習を続けたいと思います。また、今回お会いできなかったみなさんと一緒に走れる日を楽しみにしております。

【OT氏】
 う~~寒い。
昨晩、仕事を終えM氏、Y氏、K氏と共に車で名古屋を出発してから12時間、着いた! スタート1時間前会場到着。まずはトイレへ、いつに無く緊張からかトイレが近い。準備を済ませスタート地点へ植田先生? T氏? I氏? S氏? Y氏? OS氏? 皆?
キョロキョロと来ているはずの皆の姿を探す、見当たらない、そしてスタートの合図、パーン!!  
一斉に1万人以上の人達がゾロゾロと動き出す、しばらく行くと、見つけた!U先生だ!、この日一番のスピードでU先生に駆け寄った。一言、二言会話を交わしその後はそれぞれのペースで、なんだか気持ちがすっきりした、会えてよかった。なんだかまたトイレにいきたい、一緒に走っていたK氏に、「トイレがあったら教えてね」と。あった! 「じゃあ」とK氏とお別れ、ここからは一人だ、そう思いながらさしかかった長い下り坂、下り坂だけは大好きだ、坂に身を任せて気持ち良く駆け下りていく、50m程前方に目を向けると、K氏の姿が。追いつけるかも? 追いついた。しばらく一緒に走る、なかなかいいペース、目標は4時間きること、その時「OTさんペース速いよ」とK氏、普段から自分でペースを掴む事が出来ない私の為にアドバイス、ところが私ときたらそれを無視してこのまま行けるとこまでいっちゃえと。
そこからは1人、沿道からの子供の声援、「お姉さーん。がんばれ~」、お姉さん? 辺りを見回しても女性ランナーは私だけ、お姉さんって私のこと?!
1人でにやにやしながら、それも力に変えてひたすら走る、今日は特別寒い、それでも必死で声をからしながらも声援を送ってくれている大勢の沿道の人達。
私、頑張らなきゃ、30Kmを過ぎた朝の練習コースを思い出し残り7Kmをイメージする。頑張れ 頑張れ と自分自身にエールを送る。
このまま行けば4時間切れる、しかしペースはどんどん落ちていく、足も重くパンパンで思うように動かない、ふと気が付けば1m前にM氏の後姿、ポンっと肩に触れ自分の存在を知らせる。
もう言葉を出す力は無い、「このまま行けば4時間切れるよ」とM氏、私はただ、うなづいてゴールを目指した。
残り2Km、どんどん周りのランナー達が最後の力を振り絞り、私を抜いていく、涙が出てくる、でも泣いてなんかいられない、絶対4時間切るんだ!!  
もうただそれだけの思いでひたすら走る、歩くもんか!! ゴールのグランドが目に入る、
ラストスパート!!と行きたいところだがそんな力も残っていない。
あと50m、 30m、 10m、5m
ゴーーーーーーーール!!  やったーーーーーーーー!!
タイムは3時間57分14秒、目標達成。すごい、すごい、すごい。なんて気持ちがいいのでしょう。沿道の皆さんありがとうどれだけ自分を勇気づけてくれた事か、素直に心から感謝しています。
今回あらためて思ったこと、自分が駄目だとあきらめた瞬間、本当にそこで駄目になってしまう、自分が強い意思を持ち、絶対やるんだと決めた時、必ずそれは達成する、身を以ってそれを感じる事ができたこの大会でした。
U先生、そして今回参加された皆様、素敵な時間をありがとうございました。
来年も是非皆様とご一緒に素敵な時間を過ごせることを、楽しみにしております。