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私のマラソン記 第22回山口100萩往還マラニック大会(2010年5月)

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第22回山口100萩往還マラニック大会に参加して

 萩往還は、萩城下町の唐樋札場(現在の萩市)と三田尻御茶屋(現在の防府市)を結ぶ行程約53kmの街道で、参勤交代道として1604年に整備されました。現在の国道262号の原型を成していますが、この大会では古道(アスファルトで舗装されていない道)がルートになっています。古道の難所である悴坂峠付近、一升谷付近、一の坂付近には石畳道が残ります。
 今回、私が参加したのは山口市の瑠璃光寺をスタートして防府市の三田尻で折り返して、山口市に戻り、それから萩市に向かい、萩市内を回って再び瑠璃光寺に戻る140kmのコースです。制限時間は24時間です。
 このコースは今回で4回目の参加になります。1回目(平成17年)はコースアウトしたこともあって途中でリタイアしました(体験録あり)。2回目(平成18年)はそのリベンジを果たしました(体験録あり)。3回目(平成21年)は前半とばしすぎたため、膝をいため、萩からの帰り(約50km)は足をひきずりながら帰りました(体験録なし)。
 今年は1月の第29回いぶすき菜の花マラソンに出場してから、ほとんど練習していませんでしたが、4月8日から3週間集中して密度の濃い練習をしたので、自信を持ってこの大会に臨みました(記録あり)。4回目にもなるとコースを頭に描いてペース配分が想定できます。必要とする所持品や服装も十分に検討することができます。全体地図と計画したペース配分の表を示します。





全コース中、山口福祉センター(山口市)と萩城址(萩市)の2ヶ所に荷物を送ることができるので、所持品や服装をどうするかを事前にしっかり検討します。18:00に瑠璃光寺をスタートします。山口市と防府市との往復は主として国道を走るため、なるべく軽装になるように心がけました。自動販売機やコンビニがあるため、水は所持しません。アメ10個をポケットに入れます。GPS機能付きのデジカメは重たいのでどうしようかと思いましたが、体験談に写真を掲載することを考えて持っていくことにしました。スタート時はまだ明るいのですが、すぐに日が暮れるので、ヘッドライトも持ちます。GPS機能付きの時計と好きな音楽を聴くためのMPSプレーヤーは必須です。そして、バンドエイドやティッシュペーパーなどもポケットやバッグに詰め込みます。
 山口市福祉センターに戻ると、萩へ向かう古道を走るための準備をします。佐々並市と明木市の2ヶ所にエイドはありますが、途中コンビニはありません。バッグの中には水1ℓ、あんぱん5個、ねり梅干し入りのチューブなどが入っています。

 

シューズは滑りにくいトレイルシューズに履き替えます。そして、両手にはグローブをしてスティックを持ちます。1回目の参加では、途中で懐中電燈の電池がなくなり、真っ暗闇の山中を歩くというとんでもない経験をしたので、ヘッドライトの電池を新しいものに替えます。昨年は筋肉痛や関節痛になったので、消炎鎮痛剤のスプレーも所持することにしました。萩市内を走る日中は暑いので、紫外線対策が必要です。萩城址では帽子をかぶり、紫外線カットの上着を着ます。ヘッドライトは不要になるので、帰りの荷物袋の中に収めます。日中は汗を多量にかくため、塩分が不足するので、ねり梅干し入りのチューブは2本用意しました。何が起こるかわからないので、いろいろなものを装備したいのですが、そうすると重くなるので、これらの荷物や服装を何度もチェックして軽量化を図ります。
 大会当日は早く山口市内に入ることにしました。受付を済ませた後は瑠璃光寺を散策しました。翌日の70km(朝6時半スタート)に参加する江角君が応援に駆けつけてくれたので、スタート前に一緒に記念撮影をしました。



 いよいよ6:00、スタートです。今回はコースの変更があって、前半に矢原河川公園までの往復が追加されました(その分、萩市内の距離が短縮)。江角君がスタート時と山口駅前、矢原河川公園付近で私を撮影してくれました。

 

昨年の苦い経験から今年は前半はスローペースを心がけました。途中に鯖山峠があります。



なだらかな上りが続きますが、しっかり走ります。この峠を越えると下りです。少しペースを上げたいのですが、とにかく抑えて走ります。防府市三田尻の折り返し地点(英雲荘)に着いたのは予定より5分遅れでした(21:35,29.3km)。帰りの鯖山峠までの上りは行きよりも勾配がきついので、途中で歩きが入ります。スタートして4時間近く経過するとお腹も空いてきたので、途中のコンビニでおにぎりとお饅頭を買って、口に放り込みます。鯖山峠を過ぎると山口福祉センターまでは快調に走れました。山口福祉センターには予定より21分早く到着しました(0:19,49.6km)。
 ここで予定通り、装備を変えて、シューズを履き替えて、いよいよ萩へ向かいます。この大会では防府までの往復の約50kmがウォーミングアップと考えていいくらいです。これからが本番です。
 古道は真っ暗闇です。



ひたすら前へ前へと進みます。今回の140kmコースの参加者は424名ですが、すでに50km以上も走っていると、参加者の間隔が開いてしまいます。初めて参加する人の中には山中が不安なので、後続の人が来るのを待って、一緒に山中に入りますが、私は道がわかるので1人で進みました。板堂峠に至る急な上り坂で後方を見るとヘッドライトをつけた集団が見えたので写真を撮りましたが、闇夜に光る蛍みたいで何を撮影したのかわかりません。その集団が近づくまで待って、あらためて写真を撮りました。




 板堂峠を過ぎると有名な「クマに注意!!」の立て看板があります。

 

天花畑から板堂峠までの古道2.6kmの上りは1時間かかると思っていましたが、44分でした(2:06,56km)。
 佐々並市までの7.90kmはほとんど下りで、知らず知らずにペースが上がります。意図的にペースを抑えるぐらいがちょうどいいと考えて走ります。後続のランナーに何人抜かれたでしょう。佐々並市のエイド(67.4km)に着いたのは3:09で、予定より1時間11分早かったので、もっとペースを落としてもいいなぁと思いました。



ここで水を補給しました。
釿ノ切峠を越えて、難所の一升谷です。約3kmを下るのですが、石がゴロゴロしている道(一部石畳あり)なので、滑ったり、つまずいたり、足首をひねったりします。明るければあまり問題にならないかもしれませんが、真っ暗闇の中なので、注意しないと足が故障してしまいます。昨年はこの下り坂で無理をしたので、後半とんでもないことになりました。今年はほとんど歩いて下りました。
 明木市のエイドには予定より1時間12分早く着きました(4:48,74.5km)、



最後の難所の悴坂峠を越えて道の駅・萩往還公園には予定より1時間16分早く着きました(5:29,78.2km)。



ここで古道は終わりです。これからはアスファルトの道です。夜も明けたので、ヘッドライトを外します。萩城址ではおにぎりが食べられるので早く着きたいと思いますが、この間の7.6kmは長く感じます。
 萩城址には予定より1時間32分早く着きました(6:28,85.8km)。



ここで着替えと所持品の交換を済ませて、虎ヶ崎(笠山方面)に向かいます。萩市内はフラットで走りやすいのですが、単調なコースなため、疲れが出てきます。この日の気温はおそらく25℃を越えていたと思います。体中から汗がふきだしてきます。予定していたペースでは走れません。虎ヶ崎に着いたのは予定より52分早く着きました(8:28,96.9km)が、この11.1kmはかなりのペースダウンでした。




 そこから東光寺まではなんとか走りました(9:44,105.2km)



が、道の駅・萩往還公園までのだらだらとした上り坂はかなりの距離を歩きました。途中の涙松跡で35kmコースに参加した高橋君と出会いました(10:35)。



東光寺は吉田松陰で有名ですが、涙松跡には吉田松陰歌碑があります。ここを過ぎると萩の町が見えなくなってしまうため、人々は木立の間から見え隠れする故郷に惜別の涙を流し、また帰郷の際にはこの場所で無事戻った嬉し涙を流したということから、いつのまにかこの場所が「涙松」と呼ばれるようになったということです。安政6年(1859年)5月、安政の大獄に連廃し、江戸送りとなった吉田松陰は、ここで「かへらじと思ひさだめし旅なれば ひとしほぬるゝ涙松かな」の一首を残したことから有名になりました。ここで高橋君と出会ったのは嬉し涙です。35kmコースのスタートは6:00ですが、70kmコースのスタートは6:30なので、70kmコースに参加した江角君はあと15分ぐらいして来るのではないでしょうかと高橋君が言うので期待していると、3分後に江角君と会うことができました。



江角君には前半抑えて走らないと後半きつくなるよとアドバイスしましたが、すでにバテているようでした。彼の後半の検討を祈って別れました。
 道の駅・萩往還公園には予定より48分早く着きました(10:52,112.2km)。



今年は去年と違って、膝は大丈夫です。制限時間内のゴールを確信して前に進みました。
 最初の難所の悴坂峠を難なくクリアして明木市のエイドに着きました(11:38,115.9km)。他のコースの参加者はお弁当が用意されているのですが、140kmコースの参加者にはありません。朝、萩城址でおにぎりを口にしましたが、もうすでに5時間経っており、お腹が空いています。お弁当がうらやましく思いました。お饅頭を1個もらって、自動販売機で水を購入して、バッグの中に入れます。
 私にとっては最大の難所の一升谷です。この上り坂をひたすら歩きます。バッグの中に入れておいたあんぱんを口にすると、購入して24時間以上経っていることに加えて、日中の暑さの影響だと思いますが、味がおかしいのです。傷んでいると思って食べるのをやめました。エネルギージェルを口にしましたが、これで空腹感は癒されません。水をたくさん飲んで癒すことにしました。一升谷の約3kmは約1時間かかりました。



さらに釿ノ切峠(標高405m)を越えて、めざすは佐々並のエイドです。ここにはおにぎりと有名な豆腐が食べられます。佐々並のエイドには予定より1時間15分早く着きました(13:55,125.7km)。ここで腹ごしらえをして、残り14.3kmをめざします。
 板堂峠までの7.9kmはだらだら続く上り坂です。前半は走りましたが、後半は歩きです。うんざりします。やっとの思いで板堂峠に着きました(15:44,133.6km)。




 ここから天花畑までの2.7kmまでは石畳が続きます。昨年は膝を痛めて泣く思いで降りましたが、今年は問題なしです。そうはいっても滑らないように注意してゆっくり降りました(所要時間36分)。



ここからゴールの瑠璃光寺までは3.8kmの下り坂です。最後の力をふりしぼって駆け下りました。もっともペースが上がったところでは5分10秒/kmと、全コース中で最速でした。最後の最後でランニングハイになりました。
 ゴールテープを切ったのは、スタートして16:47:09でした。

 

予定より1時間13分早く戻ってこれたので満足です。今回は無理なく走った(歩いた)ので、ゴール後もひどい筋肉痛や関節痛がありませんでした。お風呂に入って、汚れと汗を流した後は、高橋君、江角君の3人で打ち上げを行いました。食べ放題のしゃぶしゃぶの店にワインを持ちこんで、しっかり食べて、飲みました。これを楽しみにして、レースの後半はがんばりました。完踏できた喜びと、仲間との再会、皆の健闘をたたえて、話が弾んだのは言うまでもありません。
 来年、この大会に多くの方が参加することを期待しています。