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私のマラソン記 米子早朝ジョギング(2010年9月12日)

梶芳 学  記

本日、植田先生にご一緒していただき鳥取県米子市内を11キロ走ってまいりました。
何故米子なのかと申しますと、実はこの12日に当地の眼科医の先生方にお集まりいただいて講習会を開催するにあたり、植田先生に講師をお願いしていたからです。植田先生には下関より4時間以上をかけて新幹線と在来線の特急に乗り継いでいただき、前日0時近くに米子入りのご足労をいただきました。今回の講習会で植田先生に講師をお願いする事が決定した時、「これはもしや!?」と胸騒ぎを覚えたのですが、先生が現地入りされるのが深夜になるとの事で少し「安心」しておりました。が、新大阪~天橋立150キロマラソンを一週間後に控えたこの絶妙のタイミングは、嬉しくも厳しい植田先生との11キロランニング個人レッスンを受けるべくしてスケジュールされた最初から逃れられない神の計らいだったのでしょう。一週間ほど前に先生より、講習会が始まるまでの早朝に1時間半ほど走ろうとのご連絡をいただきました。今、考えれば1時間30分と時間が限られていたのは私にとって幸いでした。私自身は今年のGWごろからボチボチと走り出してはおりました。そのきっかけは、11月にある下関海響マラソンへのエントリーだったのですが、これも実は植田先生に背中を押していただいての事でした。相変わらずのにわかランナーゆえ、最初は1キロ走るのもままならない有様からの再スタートでしたが、早歩き程度のスピードで弛んだ身体と相談しながらも少しずつ距離を伸ばせるようになってきていました。何とか平日も少しでも走ろうと心がけて取組んできましたが、ここ最近は全く走れない状況が続いていました。9月5日の日曜日は久しぶりに時間が取れたことから、思い切って20キロを走ってみようと試み、半分歩きながらも3時間半をかけて自身最長のチャレンジもしたところだったのですが、植田先生と一緒に走るとなると、それだけで緊張感が高まりドキドキしながら朝を迎えました。



宿泊していた米子全日空ホテルのロビーでAM7時に植田先生と待ち合わせをして、走るコースは予め地図で確認していた皆生温泉の海岸を目指す片道5キロの直線コースを選んでスタートしました。往復10キロを1時間半であれば、何とか先生に付いていけるとは思いつつ先生の軽やかな後姿を見ながら、ぺたぺたと音を立てて走る私の素人走行ではやはり不安が募ってきます。植田先生は音もなく滑るように前に進んで行かれるのですが、その後ろをドタバタと追いかける私は、序盤から交差点でタイミング良く信号待ちになる事を願いつつ走ります。折角の米子でのジョギングなので、本当は街の紹介なども走りながら先生にお伝えしたいと思いつつ、話しかけると息があがって走りに支障が出てしまいます。慣れない無理な事はやめようと走りに専念しながら、待望の大きな交差点での赤信号に安堵するも、まだ早朝で交通量も少ないために先生は車を確認しつつ止まることなく横断歩道を進まれます。猛暑は少し和らぎだしたとはいえ、朝日を背にすると早朝でも日差しは結構なもの。それでも何とか目前の建物の間に水平線が見え、往路のゴール地点まではいつもの自分のペースより速かったもののついていくことができました。天気も良く空気も澄んでいるせいか、海辺からの景色は爽快です。



ここで少し休みながらこの景色を楽しむ時間が取れると私にとっては復路が幾分楽になるので、このコースを考えた理由もそこにあったのですが植田先生には通用しません。先生は走りながら景色を楽しんでおられます。止まったのは海辺を散歩していた方にお願いして、先生と一緒にカメラに収まった瞬間と先生がトイレに立ち寄られた時だけでした。



そして復路になるのですが、植田先生はもう少し他のところをカメラに収められるからと、先に私一人がスタートしました。先生と別れてひとりになると、一気に緊張感が緩み足が止まりかけます。ここから私の葛藤が始まります。ちょっと歩いて休息するか、少しでも前に進むのか...いやいや、ここで休んでしまうと後に合流される先生と一緒に走る距離が長くなり、いつもより速いペースで走ってきた私の足がついていかない。自分のペースでゆっくりでも前に進む方が得策か?いや、まてよ!やはりちょっと休んで足を回復させる方が良いのじゃないかと考えている間に気が付くと植田先生に追いつかれていました。短い葛藤の後はただただゴールのホテルを目指すのみです。これまた信号は見事に青のタイミングが続き、だんだんと先生と私の距離が離れていきます。5メートルほど先を走られる先生の背中を見ながら、これ以上離れると足が止まるぞ!と己に言い聞かせなんとかホテルに走りつきました。鉄人の植田先生にとってはお散歩程度だったと思いますが、私にとっては全力走行の11キロでした。





でも無事走り終え、先生にご一緒いただいて11キロながらも走り切れた事が嬉しくて、お付き合いいただいた植田先生には本当に感謝しております。ありがとうございました。

その後、ホテルの部屋に戻り一息つく間もなくシャワーと身支度を整え、消防士の出動時並みの慌ただしさでレストランに向かうと植田先生は私の到着を待っていただいておりました。植田先生と朝食をご一緒した後、10時からの講演会が始まり、盛況の内に無事終了することができました。その後は帰りの列車の時間まで2時間余りしかありませんでしたが、今、NHK朝の連続小説でお馴染みの「ゲゲゲの女房」で有名になった境港まで足を伸ばし、鮮魚の御刺身と冷酒を先生と共に楽しませていただきました。水木しげる記念館に水木しげるロードと駆け足ながら町並みを楽しみ、植田先生と記念写真に収まってとても楽しいひと時を過ごすことができました。なぜか鬼太郎だけでなく小泉新次郎までも見ることができました。

いよいよ5日後は新大阪をスタートします。この程度の走りではなんともお役に立てるか、甚だ疑問ですが、天橋立までの150キロの記録に私自身もご一緒させていただける事を楽しみにしております。


 走った記録を記しますのでご覧ください(Googleマップの記録)。

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撮影した写真も添付します。米子市は日本で最初にトライアスロンが開催された所のようです。



皆生温泉の派出署の壁には、ランニング、自転車、スイミングの絵が飾られていました。



皆生温泉の砂浜から大山を撮影しました(少し曇っていました)。(植田)