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私のマラソン記 小倉城~母校の門司高校(2010年8月14日)

 私は昭和52年に福岡県立門司高等学校(以下、門司高校)を卒業しました(第51回の卒業生になります)。
 今日は第1回門司高校51回生の同窓会が門司港で開催されます。卒業して33年も経つので、皆どんなになっているだろうかという期待でいっぱいです。
 同窓会が始まる前に母校に行ってみたくなりました。今日はお盆休みで休診です。午前中は依頼原稿の執筆をして、午後から門司港に車で向かいました。お盆のため関門トンネルは渋滞していたので、高速道路で関門橋をわたって門司港に入りました。海岸線の国道199号で門司駅の近郊のお風呂屋の駐車場に車を停めました。午後1時ちょっと前です。まず、ここから小倉城までの往復をすることにしました。今日の天気はくもりですが、湿度が高いため、少し走っただけでもランニングウェアが汗でベチャベチャになります。体重増加のためか、筋力が落ちているためか、足がスムーズに前に出ません。7分/kmを切るスローペースです。小倉城に着いて写真を1枚撮りました。



ここで折り返しますが、暑さで体温が上昇しています。小倉駅のトイレの洗面の水道水で顔や腕を冷やします。スカーフは水道水をしっかり含ませて首に巻きます。ああ冷たいと感じるのはその時だけで、再び走り出すと体についた水はなまぬるく感じます。
 やっとのことでお風呂屋の駐車場に戻りました。ここで水分、塩分、糖分の補給をして、門司港をめざします。直射日光は当たらないのですが、風がほとんど吹いていないため、暑いです。体全体から汗が噴き出ます。喉も渇きます。門司港までの約8kmの間に自動販売機でミネラルウォーターとスポーツドリンクを何本購入して飲んだでしょうか(3本、4本...頭がボーっとして覚えていません)。
 門司港では人力車を引く人に門司港駅をバックに写真を撮ってもらいました。





私は門司港の幼稚園、小学校、中学校、高等学校に通いました。少子化のため幼稚園はなくなり、小・中・高校は他の学校と合併しました。錦町小学校は門司海青小学校に、吉野中学校は門司中学校に、門司高等学校は門司学園高等学校に校名が変わっていました。



門司海青小学校と門司中学校は校舎も建て替わって、昔の面影はありませんでした。門司学園高等学校の校舎、グランドは以前のままで安心しました。ちょうど野球部の部員がグランドの草取りをしていました。私が彼らの側を通ると、挨拶をしてくれました。私がここの卒業生で、今日33年ぶりに同窓会で旧友に会うことを話すと、ちょっと驚いた顔をしていました。
 この高校は坂の途中にあるのですが、さらに坂を上ると地獄谷というところがあります。中学校、高校のときは練習でこの地獄谷まで走っていたものです。昔を思い出しながら急な坂道を駆け上がりました。長い坂だったと記憶していましたが、それほどではありませんでした。





地獄谷の上には風師山中原観音がありました。



忘れていましたが、そういえば昔ここから風師山まで登ったことがありました。
この地獄谷で折り返しです。坂をゆっくり下ります。門司港駅で時計を見て驚きました。4時40分です。なんと時刻と1時間間違っていました。腕時計は現在時刻ではなく、スタートしてからのタイムを表示していました。もうこんな時刻になっているとは、私の予定ではお風呂屋に5時頃に着いて、ゆっくり汗を流して6時から始まる同窓会の余裕を持って出席するつもりだったので、慌てました。このままでは間に合いそうにもありません。かなりの距離をへばって歩いていたにもかかわらず、昔を懐かしんで、あちこち寄り道をしたことが大幅なタイムロスにつながりました。
 門司港駅からお風呂屋までは約8kmあります。空はこれまでくもっていたのに、日射しがさすようになりました。汗で濡れていたランニングウェアが乾きます。途中でスポーツドリンクやミネラルウォーターを買って飲みます(何本飲んだのかわかりません)。自分ではペースを上げているつもりですが、重たい足は前には進みません。暑さと疲労でバテバテです。途中のガソリンスタンドの人が水を撒いていたので、頭から水をかけてくださいと頼むと、どのくらい走っているのと聞かれたので、30km近く走っていると答えるとびっくりしていました。背中にもかけてあげようと言ってくれたので、甘えて背中を差し出しました。この光景を見ていた他のお客さんたちは呆然としていました。
おかげで体が少し冷えたので、少しペースを上げました。西日は強く、20分も経たないのにランニングウェアは乾きます。もし朝からかんかん照りだったら、アスファルトの照り返しでもっと暑くなったと思います。
やっとのことで、お風呂屋の駐車場に着きました(午後5時30分)。約31kmしか移動していないのに、約4時間30分もかかってしまいました。
急いで、お風呂屋のシャワーで体を流して、車で同窓会の会場に向かいました。少し遅刻しましたが、部屋に入ってびっくり、誰が誰かわかりません。33年も経つとこうも変わるのかと思いました。皆、名札を胸につけるのですが、名前を見て「あぁ~」と昔を思い出します。顔や髪、体型がかなり変わっている人もいます。高校の卒業アルバムを持参していったので、過去と現在を見比べて、「う~ん」とうなずくこともしばしばでした。高校生時代の思い出に話が弾みます。私にとって高校時代はそんなに楽しくありませんでした。進学校で「勉強しろ、勉強しろ」と教師や親から言われ、うんざりしていました。勉強するふりだけをしていたため、学力不足で大学受験は失敗し、浪人しました。高校時代にもっといろいろなことに興味を持ってがんばればよかったと思いますが、時を戻すことはできません。高校時代の不完全燃焼が、その後の私に影響を与えました。今は、よく学び、よく遊びを実践しています。