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私のマラソン記 再起動(2010年4月)

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再起動

 平成22年1月10日に第29回いぶすき菜の花マラソンに出場してからは、忙しくてほとんど練習できませんでした。日本眼科医会の常任理事の任期が3月末まででしたので、引き受けた仕事はすべて終えたいという気持ちから、雑務に専念しました。その一方で、今後はこうした仕事をしなくてもいいという気持ちから、私自身のモチュベーションが低下しているのを感じていました。以前であればわずかでも時間があればジョギングウェアに着替えて外に出ていたのですが、なんとなくその気になれないでいました。4月3日(土)の日本眼科医会の第1回定例代議員会で新役員の選挙があり、これで私の実質的な仕事は終わりました。これからはプライベートの時間が大幅に増えます。
 4月8日(木)の午後は休診です。この日から走り始めようと心に決めていたのですが、どこに走りに行こうかとあれこれ考えました。5月3日、4日に第22回山口100萩往還マラニック大会(140km)がひかえているので、アップダウンのあるコースがいいと考えて近くの3連山(青山、勝山、四王司山)に向かいました。背中には水1ℓの入ったバッグを背負って、山の中に踏み込みました。久しぶりに木や花、土の香りを嗅いで、気持ちは穏やかになります。自然はいいなぁと感じます。2時間近く山の中を走ったり歩いたりして、リフレッシュしました。久しぶりの練習で翌日は筋肉痛はありましたが、たいしたことはなかったので、もっと長い距離を走ろうと思いました。
 4月11日(日)は1ヵ月半ぶりの休日でした。萩往還のコースを試走しようと考え、山口駅と道の駅・萩往還公園との往復をすることにしました。朝早く起きてJRで新下関駅から山口駅に向かいました。ちょうど9:00に山口駅をスタートしました。水1ℓとあんぱんやあめなどを入れたバッグを背負って、ひたすら萩へ向かいます。萩往還の一番の難所である板堂峠(標高545m)を一気に上がります。強風や大雨の影響で木が道をふさいでいるところが数ヶ所ありました。3週間後の大会開催までに、関係者はこれらの木を処理するんだろうなぁと思いました。石畳は濡れるとすべるので苦手ですが、この日は晴れていたので大丈夫です。約2.6kmの坂道をクリアしました。板堂峠からは佐々並市の町並みまではなだらかな下り坂でペースは上がります。佐々並市を過ぎると釿ノ切峠(標高405m)まで上りですが、たいした坂ではありません(ここまでの所要時間:3時間35分)。たいへんなのはこの後の3km下り坂(一升谷の石畳)です。ここを調子に乗って駆け降りると足を痛めてしまうのでペースを抑えます。この坂を下りると明木市という町並みが見えます。自動販売機でミネラルウォーターを購入して、バッグのハイドレーションに補充します。最後の難関の悴坂の山道をクリアして目的地の道の駅・萩往還公園に着いたのは14:00(所要時間5時間)でした。帰りのJRの関係で遅くとも19時までには山口駅に戻りたかったので、休憩はせずに折り返しました。一升谷の石畳の上りはほとんど歩きです。下りのときはこけないように足元ばかり見て走っていましたが、上りでは周りの景色を楽しむことができました。鳥のさえずりや川のせせらぎを聞きながら、木々や花の香りを嗅ぎながら、バッグの中にしまっておいたあんぱんをほおばって歩を進めます。釿ノ切峠に戻ってきたのは15:36(所要時間6時間36分)です。それから佐々並市を過ぎて、板堂峠まではうんざりするくらい続くゆるやかな坂道です。1時間以上を要しました。一番の難所の急な石畳(約2.6km)を慎重に駆け降りました。山口駅までは残り5.7km、ラストスパートをかけて到着したのは18:52(所要時間9時間52分)でした。山口駅から道の駅・萩往還公園までは約30kmですから、往復で約60kmです。平地でしたら7時間ぐらいでしょうか?この萩往還道の半分近くは山道、石畳ですから、私だと平地の約1.4倍の時間がかかることになります。一年ぶりにこの道を走った(歩きも伴う)ことによって、3週間後の大会への自信につながりました。
 4月15日の木曜日の午後は、平地を長い距離走ることにしました。デジカメ(ソニーのサイバーショット)を購入したのですが、このデジカメはGPS機能を搭載した優れものです。撮影した場所を地図上に表すことができるのです。このデジカメと水1ℓ、あめをバッグに入れて新下関を14:24にスタートしました。まず向かったのは火の山の頂上です。ここからの展望を写真におさめました。そして、関門トンネル(人道)を通って門司のめかり山をめざしました。めかり山からの展望は大好きです。数多くの写真を撮りました。それからJRの線路に沿って門司港駅、門司駅、小倉駅を過ぎ、目的地の小倉城に着いたのは18:39でした。ここで折り返して、門司港駅に戻ったのは20:37で、このまま関門トンネル(人道)を通って下関に行くよりも、夜景を見ながら関門海峡を船で渡ることにしました。下関の唐戸から豊前田(下関駅の飲み屋街)に着いたのは21時半前だったと思います。朝から水とあめしか口にしていなかったので、さすがにお腹が空きました。がんばった自分へのご褒美ということで、知人からすすめられたお寿司やさんに行くことにしました。店のご主人は私の格好にとても驚かれたようでした。客ではなく、通りすがりの人が水を求めて玄関を開けたのだと思ったようです。お寿司など食べる予定にしていなかったので、持ち合わせはあまりありませんでした。ご主人に所持金を言って、その金額内でお寿司を出していただくことにしました(初めての客ですから、つけをお願いするのはできません)。ご主人と雑談に花が咲いて、気づいたら23時前でした。これから新下関まで走って帰るというとご主人はあきれていました。新下関駅に到着したのは23時59分でした(写真)。右手首にGPS機能が付いた時計をしていたのですが、途中で操作を誤ったため、今回の走行距離は記録できませんでしたが、おそらく約60kmだったのではないかと思います。
 4月18日(日)は名古屋で開催される日本眼科学会総会で講演、4月25日(日)も名古屋で日本眼科医会の生涯教育講座で講演がありましたので、それらの関係でこの間はまとまった練習はあまりできませんでした。
 4月7日までほとんど練習していなかったのに急に長距離を走ると、その後の数日は筋肉痛や関節痛で走れないので、この間はいい休養になりました。
 4月22日(木)と29日(木)は近くにある青山(標高約300m)に行きました。ここは私がよく走るコースで、なだらかな坂(アスファルトの道)が約3km続きます。

 4月22日は4往復、4月29日は5往復しました。さすがに坂道の上り、下りを繰り返すと、次の日は足がパンパンになります。このように4月8日から29日までの3週間はかなり密度の濃い練習ができました。これで萩往還の大会に自信を持って臨むことができます。