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第18回日本山岳耐久レース(24時間以内)~「長谷川恒男CUP」の体験談 (2010.10.10-11)

第18回日本山岳耐久レース(24時間以内)~「長谷川恒男CUP」の体験談
(2010.10.10-11)

ヒマラヤではファイナルキャンプよりアタックするとき、頂上を極めてからアタックキャンプに帰還するまでに昼夜にわたることがあるので、そのトレーニングとして本ルートが考えられたようです。この大会はソロクライマーとしてヨーロッパアルプス三大北壁・冬季単独初登頂などの数々の記録を達成した故長谷川恒男氏の業績を讃えています。




 コースの概略図を見ていただけるとわかりますが、71.5kmという距離もすごいですが、それよりも標高差です。スタートとゴール地点は標高200m、最高地点は1,527m、この概略図に記載されている山の数だけでも12あります。大会の案内文の冒頭にも、「このレースは距離の長さはもとより、全コースが標高1,000~1,500mの山岳地帯を舞台に、一切のサポートを禁止とし、昼夜に亘り行われ、自己の限界に挑戦する、他に類をみない過酷なレースです」と記しています。

 この日本一過酷なレースといわれる日本山岳耐久レースの出場を考えたのは4年前でした。エントリーをしたところ、日本臨床眼科学会での講演依頼が入り、出場を断念せざるを得ませんでした。参加料が高かったので、多くのウルトラマラソンに参加したことのある森田さんに、私の代わりに出場しませんかと尋ねたところ、都合が悪いということでした(森田さんの体験談にあり)。
 その後もこの大会のことは気になっていたのですが、日本臨床眼科学会と重なり、参加できない状況が続きました。昨年は重ならなかったので、やっと出場できると思ってインターネットでエントリーしようとしましたが、なんとエントリー開始翌日というのに、すでに定員オーバーでエントリーできなかったのです。この大会の人気の高さに驚きました(森田さんはエントリーできたということで、うらやましく思いました)。
 今年は昨年の雪辱を晴らすため、エントリー開始日の朝10時にパソコンの前にスタンバイしていました。しかし、今度は回線が混雑してなかなかアクセスできません。今年もダメかとあきらめかけたその時、わずかな隙間をぬってアクセスでき、無事にエントリーすることができました。念願の出場が果たせることになりました。

 この大会のコースのポイントとなる場所を撮影しているサイトを見つけました(URL:http://www.bq-athlete.com/08hase.htm)。写真は全部で292枚あります。これらの中から特にすごいポイントをピックアップします(ご本人の許可は得ていません)。急な坂道は当然のこと、石段、木段、根っこ、倒木、岩、がれ場、いろいろと出てきます。これらの写真は日中に撮ったものですが、実際のレースでは夜間に移動するので危険です。







 この大会に出場した選手の体験談がインターネット上に公開されていますが、雨が降ったときは道がすべって大変だったとあるので、当日、雨が降らないことを願っています。でも、そうした場合の対応も考えておかなければなりません。北丹沢12時間山岳耐久マラソンに出場したことのある私は、どんな状況になるかは想定できるので、しっかり準備したいと思います(体験談あり)。

 この大会に向けての特別な練習はほとんどしていませんでした。8月5日に森田さんが名古屋から来られた折に、一緒に近くの3山(青山、勝山、四王司山)に行ったぐらいでした(体験談あり)。
 お盆の頃から、9月中旬に走る新大阪から京都の天橋立までのウルトラマラソン(約140km)の練習を本格的にしていたこともあり、距離に対する不安はありませんでしたが、山となるとそうはいきません。使う筋肉が違います。それに、重たいバッグを背負うので、これに慣れなければなりません。
 9月19日、20日の新大阪~天橋立ウルトラマラソンで、左足のすねを痛めた(体験談あり)ため、しばらく練習はまったくできませんでした。10月10日のこの大会が近づくにつれて焦ってきました。9月30日になって、火の山に練習に行きました(体験談あり)。翌日の10月1日は仕事の関係があって練習は休んだものの、10月2日~7日は十分なトレーニングをしました。



 バッグの中には水3ℓを入れていたので、4~5kgの重さになっていたと思います。10月3日は雨が降っていたので、すべる山道のいい練習になりました。夜の練習ではライトの明るさを確認したところ、不十分だったので、インターネットで明るいものを探して購入しました。こうした試走で、装備する物やウェアなどについても検討を重ねました。
 この大会では、選手は水2ℓ以上、雨具、行動食、ヘッドランプ(予備電池、電球)、防寒具の携帯が義務づけられています。いかに過酷を極めるかが自ずと分かります。
 今回の大会の出場にあたって、新しいヘッドライトを2種類(Black Dimond ,PETZL)を購入しました。これらを試走のときに使って明るさを確認したところ、Black Dimondはとても明るかったのですが、PETZLはダメでした。そこで、もう1つBlack Dimondを購入しました。1つは頭部に、もう1つは腹部に装着しました。頭部につけたものは前方を、腹部につけたものは足元を照らしました。頭部だけでは、前方以外が見えにくいので、手にハンドライトを持つ選手もいるようですが、私は両手にストックを握るので、ハンドライトを持つのはやめました。
バッグには、パワージェル20袋、ねり梅のチューブ2本、サプリメント10袋、長袖のシャツ2枚、ウィンドブレーカー、ヘッドライト(単3電池3個入り)、ペンライト、換えの電池(単3電池3個、単4電池2個)、ティッシュペーパー、薬、コンタクトレンズ、テープ、貴重品などが入っています。バッグ自体の重量に、これらの携帯品を加えると約3.5kgです。そして、クエン酸入りの水3ℓ、あんばん(9個入り)2袋、携帯電話などが加わって、トータルで約7kgになったと思います。このバッグを背負うと、重たく、両足にズシっときます。これで走るの?それも山道を72kmも...ちょっと気が遠くなります。そして腰にはもう1つのヘッドライトを装着しました(森田さんは、確か水は2ℓと言っていましたが、私は脱水が怖いので普段から水をなるべく飲むことを心がけているため、多めに持って行くことにしました。疲労が溜まると酸っぱい物が欲しくなるので、今回はクエン酸の粉末を加えることにしました。かなり薄く調整しました)。そして、半ズボンのポケットの中には薬とテープ、小さな靴べら、地図を入れました。

 スタートの合図がありました。皆、背中にしょったバッグをゆさゆさと揺らしながら走ります。重たいバッグを背負って坂道を上がるのですから、きついのは当たり前です。アスファルトの上り坂では、先日痛めた左足のすねの違和感を感じます。まだスタートしたばかりですが、これから先、痛まないことを念じて、少しセーブしながら走ります。まだ1kmも走っていないのに心臓の鼓動が高まってきます。汗も噴き出します。森田さんと一緒に走っていたのですが、横幅が狭くなると、森田さんと並んで走れなくなりました。私は周囲に対して遠慮がちに走っていると、森田さんはどんどん前に進んで行き、その距離はしだいに開いていきました。山道では一列になって進みますが、かなり前の方を見ても森田さんの姿は見えません。勾配のきつい山道では走れません。ひたすら山登り(登山)の状態です。早いペースで上がる選手が後ろから迫ってくると、横によけて道を譲ります。私もペースを上げて森田さんの後を追いたいのですが、すでにアップアップの状態でしたので、流れに沿って進みました。
 急勾配の箇所ではそこをクリアするのに少し時間がかかります。するとそこから後方は渋滞です。スタート直後のわずかな差が、とんでもない時間差になってしまいます。ゆっくりでも前に進めればいいのですが、しばらく立ち往生することがあります。でも、これがいい休憩になります。初めての参加なので、目標タイムは決めていません。完踏が目標ですから、このコースを楽しもうと思います。
 きつい上り坂が続きます。北丹沢12時間山岳耐久レースと似たようなコースです。こうした山道は経験があるので、対応できそうです。ただ、山道の71.5km(北丹沢は44.2km)という長い距離は初めてです。最後まで足が持つかどうか不安なので、スローペースを心がけました。
 スタートして2~3時間も経つと、渋滞することが少なくなります。流れについていけなくなった選手は、道脇で座って休んでいます。「がんばってください」と声をかけたいのですが、私もいつ歩けなくなるかわからないので、無言のまま前を見つめて進みます。しばらくすると丸太に腰をかけている選手がいます。通り過ぎる選手1人1人に目をやっているこの選手は、明らかに誰かを捜しているようです。見覚えのある格好です。そうです、森田さんでした。「だいぶ前を行っているかと思っていたよ。先に行くけど、がんばってね。」と声をかけて進みました。
 6時になっていないのに薄暗くなり、周りが見づらくなったので、立ち止まってヘッドライトを頭に装着し、腰につけたヘッドライトも点灯しました。スタート時は晴天でしたが、雨がポツポツと降り始めたと思ったら、どしゃ降りになりました。たちまち山道はドロドロに、そして多くの選手が通るので、道はズルズルになりました。勾配が急なところではすべりまくります。前の3人の選手が立ち止まっています。近づいてみると前方は急な下り坂です。どう降りたらよいか悩んでいます。1人が意を決して道の真ん中を降りはじめた途端に、ステンと転んでお尻をついたまま7~8m下まで滑っていきました。これを見た次の選手が道の右側から降りはじめます。1~2mを行かないうちに転んで下にすべっていきました。私の前の選手は道の左側から攻めますが、あっけなくダウンして下に落ちていきました。いよいよ私の番です。道の右端から降りることにしました。体を横に向けて両足でブレーキを効かそうと思いましたが、無理です。何の抵抗もできず、すべっていきます。右側に寄りすぎていたので、途中の木にぶつかって一旦止まったものの、それから下まですべるように落ちていきます。ウェアはドロドロ、両腕を少しすりむきました。どうせすべって落ちるのであれば、すべり台を降りるように、お尻ですべった方がよかったと思いました。たいした怪我もなかったので、そのまま立ち上がって前の選手を追いました。
 しばらくして第1関門の浅間峠(22.66km)にたどり着きました。スタートして5時間8分が経過していました。ここでしばらく森田さんを待っていましたが、来られないので先に進むことにしました。目の前に急な上り坂があります。前の選手が上からすべって降りてきます。すごいです。何と坂道を登る前傾姿勢で、右足は前方に、左足は後方に坂に接しているのですが、そのフォームのまま降りてくるのです。逆再生(巻き戻し)をしているようです。「この道をどうやって上るの?」と思ってしまいます。結局、道の外側の草の上を歩くことにしました。この第一関門からはストックを使用することができるので、ストックをしっかり土にさして、上体を支えながら上っていきました。この浅間峠の標高は860m、このコースで最も高い三頭山の標高は1527mです。これから約13~14kmは急な上り坂が続きます。とにかくきつく、つらいです。足がもつかどうか心配になってきます。
 やっとのことで、三頭山の頂に着きました。ここから第2関門の月夜見山を過ぎた周遊道路までは下りですが、その勾配がすごいです。何回すべってお尻をついたでしょうか?よく覚えていません。私の前を行く選手のウェアを見ると、皆お尻が泥だらけです。すべることを怖がってはいけないと感じます。とはいってもすべりたくないので、ストックをしっかりさします。こけるのをこらえようと地面にさしたストックで支えると、ストックが弓のようにしなります。ストックが折れてしまうと何度思ったか知れません。そして、とうとうある急な下り坂ですべってしまいました。体は下に落ちています。それを両手に持ったストックでくい止めようと力を入れると、左手のストックがぐにゃっと曲がりました。本当に折れそうになり、あえなく左手を離しました。当然のことながら、私は下に落ちていきます。ストックはというと、地面に突き刺さったままです。このストックを取りに、急な坂道を上らなければならないということもありました。
 上りも大変ですが、下りはすべり出すと止まらないので危険です。足にかかる負担も下りの方が大きいと思います。下りは慎重に降りていきました。そんな私を簡単に抜いていく選手がいます。すべらない特別な靴を履いているのかと思ってしまいますが、走り方(歩き方)が違うのでしょう。今後の私の課題です。
 人1人がやっと通れるような道の側面は反り立っており、足を踏みはずすと数100m落ちてしまいそうなところもあります。実際、数年前のこの大会で死亡事故がありました。前方だけでなく、側面もしっかり見ながら進みます。足元ばかりに気を取られていると、張り出した木の枝に頭をぶつけてしまうので注意しなければなりません。
比較的フラットな道は走っていたのですが、ぬかるんだ土は踏んばると足元の土が動くので、足をうまく運ぶことができません。疲れてくれと膝や足首の関節の動きが悪くなります。足の踏んばりも効かなくなってきます。ちょっとしたところでもすべってしまいます。真夜中、雨、そして疲れてくると集中力が落ちてきます。すると、すべってこけそうになるので目が覚めます。
進路をふさぐように大きな丸太が横たわっています。それをまず右足でまたいで、次に左足を抜こうとしたときに、左足のすねをぶつけていました。自分では左足を上げているつもりでしたが、しっかり上がっていなかったようです。痛くてしばらくその場にうずくまりました。そういえば、スタートしてすぐに気になっていた左足のすねの違和感はなくなっていました。でも、これをきっかけに痛みが出てきたらどうしようかと思いましたが、その後は大丈夫でした。
日中の気温は27℃前後で、日差しは強く汗ばむぐらいでした。上半身は薄い半袖のシャツを着ましたが、夜になると寒くなるということなので、長袖のシャツとウィンドブレーカー(撥水性のもの、雨天時のカッパに代用)をバッグに入れていました。夜になり、雨も降ってきたので、多くの選手はカッパを着ていましたが、私は半袖のシャツ1枚のままで十分でした。重たい荷物を担いでいるのに加えて、ストックを持った両手はしっかり動かしているので寒さを感じませんでした。しばらくすると雨も止みましたが、湿度が高いため喉が渇きました。脱水にならないようにクエン酸入りの水をしっかり飲みました。薄く作ったのですが、濃く感じました。空腹を感じるとあんぱんをほうばりました。そのうちだんだんと胃がもたれる感じがし始めました。胃酸と飲んだクエン酸で胃の調子が悪くなったんだと思います。
なんだかんだ言いながらも、第2関門までは割と順調に進みました。第2関門では飲み物の補給があります。スポーツドリンクまたは水が1.5ℓまでもらえます。クエン酸入りの水の残量を確認したところあと1ℓありましたが、心配なので水を1.5ℓもらいました。クエン酸の濃度も薄くしたかったので水にしました。でも、一旦クエン酸の味が気になるとどうしようもありませんでした。
この第2関門(標高1,100m)では、腰を下ろして10分ぐらい休みました。スタートして42km以上、ここまで10時間36分を要しました。この先、標高1,405mの御前山とゴツゴツした岩がある大岳山(標高1266.4m)を越えれば、あとは大したことないのですが、本当に足がもつか心配です。
 大岳山では写真で見た岩場、鎖場がこれでもかと言わんばかりに次から次へと出てきます。これらをクリアして進みます。きつい岩場ではストックは邪魔になるので、折り畳んでお腹のベルトに差して、両手で岩に掴まりながら登ります。ある岩場では私が先頭になって登っていたところ、それ以上前に進めなくなってしまいました。どうしようかと悩んでいたところ、後ろの選手から「こちらに道があります」と言われ、振り返ると確かに岩場を回避する道がありました。私はバツが悪いので、苦笑いしながら登った岩場を逆再生(巻き戻し)のようにして降りました。この大岳山を登る頃は雨が上がっていたので、あまりすべらずに進むことができました。こんなところを登るのかという驚きとは裏腹に、やってやるぞという気持ちにもなったこの辺りが、今回最もアドレナリンが出たところだったと思います。
 大岳山の頂からの下りも岩場で大変です。両手でしっかり岩を掴んで、ゆっくり降りなければならない箇所があちこちに出てきます。上りより下りの方が怖いです。急いでいる選手には道を譲って、私は慎重に降りて行きました。
 御岳山に上がる手前に長い列ができていました。何の列か尋ねると、自然水が出ているのでそれを補給するということでした。水の残量を確認すると約1ℓあります。ここからゴールまでは14~15kmですから何とか足りそうですが、日が昇って暑くなると水が欲しくなるので、私も補給することにしました。10数名ほどの列ですが、なかなか動きません。自然水がチョロチョロとしか出ていないため、補給するのに時間がかかっているのです。給水するのはやめて先に行こうかと何度も思いましたが、これから先まだ何が起こるか分からないと考えると不安なので並ぶことにしました。この間に多くの選手が横を通りすぎていきました。結局、給水(1ℓ補給)に30分以上要したと思います。この間休息は十分に取れましたが、体は少し冷え、筋肉が少し硬くなっていました。遅れを取り戻そうとペースを上げて坂道を上り始めました。すると、途中に勢いよく自然水が出ているところがありました。ここで給水する選手はほとんど待たずに給水していました。「まいったなぁ~。相当時間をロスしてしまった」と思いました。
 第3関門(58km)の御岳山に着いたのはスタートして16時間11分です。残り13.5km、なんとか行けそうだと思うと元気が出てきました。ここから日の出山(60.55m)まではなだらかな下りが続いたので、ほとんどを走りました。
 日の出山に着いたのは5時20分過ぎです。遥かかなたの雲がオレンジ色になっています。もうすぐ日の出です。ここの日の出は絶景ということで日の出山という名前が付いたそうです。それでは日の出を見ないわけにはいきません。ベンチに腰を下ろして日が昇るのを待ちました。そして7分後にきれいな日の出を目にしました。記念に写真に収めようとバッグから携帯電話を取り出したところ、バッテリーが切れており、残念な思いで日の出山を後にしました。
 日の出山から金毘羅山までの下りはずっと走りたいのですが、疲れのため足のふんばりが効かなくなっていたので、無理をせず、比較的フラットなところ以外は歩きました。ここで怪我をしては元も子もありません。
 最後の金毘羅山を越えて、ラストスパートをかけることにしました。やっとここまで来たという気持ちが、これまでの疲れや体の痛みを吹き飛ばしてくれそうです。そして、いよいよ歓喜のゴールです。タイムは18時間26分39秒。初めての参加としては満足のいくものでした。
 水の残量を見ると約1ℓでした。御岳山の手前で1ℓの補給をしなくてもよかった計算になります。30分以上待たなければ、17時間台でゴールできたことになります。あんぱんは5~6個、エネルギージェルは半分近く余りました。サプリメントは全く口にしませんでした。水と食べ物を減らして、軽量にしていれば、そして道の状態が良ければ、もっと早くゴールできたと思います。



 ゴールして荷物を置いていた体育館に行くと、なんと森田さんの荷物がありません。てっきり私の方が早くゴールしたと思っていました。私の携帯電話のバッテリーは切れていたので、森田さんは私に電話できなかったと思います。先に帰られるのであれば、私の荷物に何かメモでも残してくれればいいのに...冷たいなぁと思いながら、完踏できた喜びはあるものの、1人寂しく帰り仕度をしました。体を流すところがなかったので、汚れた体のまま着替えて、会場を後にしました。武蔵五日市駅のコンビニで携帯電話の急速充電器を購入して、携帯電話に接続しました。そして、構内のトイレで、体を拭いて車両に乗り込みました。幸いシートに座ることができました。眠気が襲ってきましたが、このまま眠ってしまうと、乗り過ごしてしまいそうなので、iPod Touchに入れた映画を観ながら移動しました。
 大会会場ではゴールした選手にインスタントラーメンなどが振る舞われていましたが、それも食べないまま会場を後にしたので、お腹が空いてたまりません。東京駅の地下のとんかつ屋に入って、大盛りを注文しました。料理を待つ間、森田さんに電話をしたところ、下り坂ですべって左膝を痛めたため、途中で棄権したということでした。まさかそんなことが起こったなんて予想もしていなかったので驚きました。森田さんはまだ会場におられるということでした。そんなことならば、すぐに移動するのではなかったと後悔しましたが、もうどうしようもありません。森田さんの怪我の状態が大したことでないことを願うばかりでした(怪我の状態などについては、森田さんがコメントされると思うので私は控えます)。とんかつを食べた後は、東京駅近くの銭湯で体を流して帰路に着きました。

追記
 50歳を過ぎて老眼をはっきり自覚するようになりました。それも年を追うごとに進んでいます。普段は仕事の関係上、コンタクトレンズの度数を近方に合わせています。このコンタクトレンズでは遠方ははっきり見えません。今回の大会は山中の移動なので、危険をなるべく早く察知するためにも、遠方がよく見えるようにコンタクトレンズの度数を合わせました。当然のことながら、近くは見えにくいのですが、公認マップは目から離せば見えるので、そのままビニール袋に入れて持って行きました(ズボンのポケットの中)。ところが、レース中、夜間、このマップを取り出してみると、なんと見えません。ヘッドライトで地図は明るく照らされているのですが...。疲労のため目の調節力が衰えたのです。地図を離してもよく見えないのです。かなり離すとピントは合いますが、文字や数字が小さくなりすぎて読めません。次回は拡大コピーしたものか、プラスチックの拡大鏡(虫めがね)を持っていく必要があると思いました。
 私はいつも音楽を聴きながら走ります。今回の大会でもMP3プレーヤーにイヤホンを付けて走ることにしました。スタート前に森田さんからその必要性について問われましたが、私はリラックスして走れるのと、周囲の耳障りな音(選手の荒い息づかいやうるさい虫の声など)が気にならなくなるからと答えました。
 スタートして約3km進んだところで突然音が出なくなりました。スタート前に新品の電池を入れていたので、電池の問題ではないと思いますが、替えの電池を入れてもダメです。MP3プレーヤーは電池の交換ができるので、長時間使用するには適しますが、もう4~5年前に購入したものなので寿命だったのでしょう。私の前を行く女性のバッグにiPod Shuffleが付いていました。私も次回からiPod Shuffleにしようと思います。